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アンナ・パーカーは暇を持て余す 〜学園の悪役・懲らしめ事件録、あるいは記録係ワトソン君の受難〜  作者: 佐倉美羽


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7/11

第六話 メアリ・ワトソンによる回想録

 以上がアンナ・パーカー事件録その13。『脅迫令嬢ミルヴァートン』でわたしが実際に体験した話である。あの桃色の魔窟というべきミルヴァートンの城は無残にも焼き払われた。他ならない灰狼の呪いによって。そして、煙る密室に残されていたのは灰狼のカード。直前に起こった発煙筒騒動との関連。学生新聞を読めば、灰狼の足取りを巡って学内の噂話が狂騒曲のように鳴り響いているのが手に取るように分かった。


 無類の怪事件、怪人騒動好きの我が愛すべき日常の象徴スタンフォードが学生新聞を広げ、はしゃぎながら語って聞かせてくれたので内容を簡単に要約する。


 皆が言うにはトーチマンによるつまらないボヤ騒ぎの数々は、我々に火災という潜在意識を刷り込む準備期間であったことは間違いない。しかし、トーチマンの正体は灰狼であった。あるいは、トーチマンと灰狼は別人で共犯関係であった。という二つの有力説の間で議論は踊り、終には決着がつかなかったそうだ。なぜならば、両説には論理的瑕疵があったのだ。すなわちミルヴァートンの部屋における完全密室の謎である。以下、学生新聞の一部を引用する。


 ■灰狼、煙となりて(のが)る?

 去る発煙筒騒動の折、学生寮B棟にて奇怪なる密室事件が発生した。

 被害者ミルヴァートン嬢の証言によれば、避難の際、自室の扉および窓は確かに施錠したという。しかし帰室後、扉には何者かによって内側よりドアチェーンが掛けられていた。

 寮長立会いのもと扉を破壊して室内を検分したところ、金庫より発見されたのは灰と化した書類らしき燃え残り、ならびに発煙筒の残骸のみ。机上には灰狼のカードが添えられていた。

 加えて現場に同席していたワトソン嬢の証言によれば、室内換気のため開放された窓には依然として施錠が認められたという。

 かくして犯人の侵入・退出経路は依然として謎のままである。

 学生らの間では怪盗灰狼が煙に紛れて消失したとの噂まで囁かれているが、果たして事実や如何に。


「すごいよメアリちゃん! 灰狼事件の第一発見者になるなんて!」

「あ、あはは……ソウダネ~」


 わたしはタマゴサンドイッチを頬張りながら、何度も話題の変換を試みていたが悉く徒労に終わった。実のところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。既に開錠されていた鍵に手を伸ばした折には、パーカーが言っていた“最後の仕上げ”の意味が稲光のように脳裏を駆けた。パーカーはここから脱出したのか。あぁこれでわたしも一線を越えたな、と諦観しながら窓を開けていたのだ。さようなら平凡な日常。こんにちは、スリル満点の非日常。


 真相を知るわたしにとってスタンフォードさんの話は心胆を寒からしめるものであったが、ありがたいことにどれも的外れであった。中には惜しい所まで行っている論説もあったが依然として決定的決め手に欠ける。『脅迫令嬢ミルヴァートン』が三名による犯行だと断じている説はわたしの知る限りひとつもなかった。三名とは言うまでもなく、わたしことメアリ・S・ワトソン、アイリーン=ラ=メテウス、そしてアンナ・パーカーのことである。


 ミルヴァートンが牙を失い、恐怖の強請家から痛い金持ちお嬢に格下げになったあの日の晩。すっかり元気になったパーカーがベッドの上で胡坐をかいて事件の概要を得意げに話してくれた。


「密室をどうやって作ったかだって? おやおや、ワトソン君。真相に一番近い君がそれを聞くのかい? 私は別に、謎かけをしているつもりはないんだけどねぇ」

「うっ……。うるさいなぁ、いいから聞かせてよ」

「ふふ、しかし君のとっさの判断のおかげで私の仕事もやりやすくなったことも事実だ。それに、不可抗力とはいえ君の秘密を聞いてしまったこともある。いいだろう。話してやろうじゃないか」


 ベッドに腰掛けていたわたしは、信じられない事実が発覚してひっくり返りそうになった。


「えっ、き、聞いてたの!? いつから!?」

「そりゃもう。一から十までバッチリと。度肝を抜かれたね」

「が、ぐはっ……」


 全身から力が抜けてベッドに崩れ落ちた。パーカーはいつもわたしの死角からドロップキックやラリアットをかましてくる。こればかりはこの先も慣れそうにない。


「いやぁ、痛快だった。『醜く肥え太った薄汚いドブネズミめ! 死んでもお断りだ!』私もベッドの下から『そうだもっといってやれ!』と快哉を上げていたものだよ」


 パーカーが芝居がった調子で英雄的にわたしの暴言の真似をした。もう怒る気にもならない。


「……ベッドの下ね。ずっと居たんだ。部屋はピッキングで入ったの?」

「そ。初歩的なことさ」


 パーカーは針金をつまんで動かす動作をして魅惑のウインク。どの道の初歩なんだと思ったが、パーカーが言うと妙に説得力がある。


「私は今日のためにずっと準備をしていた。たとえばミルヴァートンが君に接触してくる機会を出来る限り防いでいたこと。ずっと王室護衛よろしく寄り添っていたんだよ。ミルヴァートンの()()()()も業を煮やしていただろうね。これは、君が一人になった瞬間に飛びつかせるための罠だったんだ」


 そういえば、講義中はずっと一緒にいたなと今さらながら思い出した。


「へぇ。ずっと犬にお預けさせてたみたいな?」

「まさにそのとおり。その間に、発煙筒魔トーチマンの登場だ。白状するがあれの犯人は私だ。煙の調整をしていた。あとは新聞のとおり火事のイメージを皆に持たせる狙いもあったね」

「え、あなた部屋にずっといたのよね。どうやって寮で火を……」


 そこで、フラッシュバックのように思い出した。発煙筒は空の花瓶に入れてあった。あとはもうマッチで火をつけるだけだったのだろう。それが出来たのは。やってメリットがある者は。


「アイリーン嬢?」

「正解。メテウスは資料の抹消を条件に仲間になった協力者だ。彼女には3つの役割を持たせていた。

 ひとつ、万が一ミルヴァートンがワトソンに接触しなかった場合に部屋で潜伏する私に伝える。

 ふたつ、ワトソン君がミルヴァートンと話している時にタイミングを見計らって発煙筒に火をつける。

 みっつ、大きな声で火事だと叫ぶ。

 彼女は見事にこなしてくれた。実に役に立ったよ」


 アイリーン嬢、たしかわたしに“がんばりなさい”と言っていた。あれは彼女なりのエールだったわけかと今さらながらに思い至り、相槌を打った。


「あ、あの。わたしアイリーン嬢に大きな声を出せって言われたんだけど。それも指示?」

「大きな声? ……あーいや、それは知らないな。メテウスは部屋で窓を開けて待機していたはずなんだけど……。騒ぎを起こす前に少しは言い返しておけと言いたかったのかな?負けん気の強い娘だし。こればかりは推測だ。わからない」

「むー、わかった。それで、その騒ぎはどう役にたったの?」

「今回の要だよ。火事というものは優秀な尋問官でね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。既婚者なら子供、未婚者なら宝石箱。そして脅迫令嬢にとっても例外じゃない。火事の恐怖と、何より君の啖呵が効いたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あれで十分だった。隠し金庫はそこにある。私はベッドの下に五時間潜り込んで、その確信を得たのさ」


 あの瀟洒なアンナ・パーカーがベッドの下に物言わず潜伏している様子を想像してみた。失敗した。


「ご、五時間も!? 埃にまみれながら!?」

「そうだ。言ったろう。部屋で寝てたって。あと掃除は行き届いていたよ」


 開いた口が塞がらない。まったくその気はなかったけどわたしはどうやら犯罪の片棒を担がされていたらしい。それも特大の役割を。講義をうけながらWhere? と掛かれた間取り図がふと脳裏に浮かんだ。盗む気はないとも言っていたが、パーカーはあの時からここまで考えていたのか。しかし、これで謎はおおよそ解けた。


「……つまりこういうわけね。わたしたちが部屋から逃げた後にベッドの下から出てきて、扉にドアチェーンを掛けた。あなたはそのまま本棚の後ろにある金庫を『没収品解放宣言』と同じように破って窓から脱出。ツタもあったしロープを掛ければ訳なかった。上階のアイリーン嬢の部屋の窓はあらかじめ開けていたので、そこから改めて煙に包まれた寮を脱出した。寝巻姿はベッドの下にいたときに付いた寝癖のカモフラージュだったということよね?」


「お見事! ドアチェーンはミルヴァートンが引き返してきたときのための保険と、個人的な趣味のためだ。あとは、君が『窓は閉まっていた』と証言すれば密室が完成する。えらいぞワトソン君。真相にたどり着いたようだね。すべてはミルヴァートンの隠し金庫の場所を見つけるための企てだったってわけさ」


 あまりに計算され尽くした計画的犯行に言葉が出ない。もしかすると、誰もわたしの話を疑わなかったことすら我が友アンナ・パーカーの思惑通りだったのではないか、なんて邪推してしまう始末である。


「かぁ……もうわけわからん」

「くくく、それにしてもワトソン君が吠えたときのミルヴァートンの顔ときたら、傑作だったよ。いつもあれくらいアグレッシブになった方がいいぞ。ワトソン」

「……もー。怒るよ」

「おー、怖い。だが、これからもっと面白ものが見れるはずだ。それで手打ちにしてくれ。友よ」


 そして、これから語る話は本事件におけるごく限られた物しか知らない真の顛末。黄金の蜘蛛、脅迫令嬢ミルヴァートンの哀れな最後。我が友アンナ・パーカーはかの有名な“ノクタリカの隠者”のように法と秩序を重んじる真実の探求者ではなく、己の信じた正義を征く執行者であるという決定的な証拠である。

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