おまけ 拝啓 4月25日 アンナ・パーカー 様へ
こんにちはアンナさん。ライラです。お元気そうで何より。お手紙拝読しました。今回の論理パズルもアンナさんの意地悪さ(誉め言葉)が冴えわたっていますね。怪盗ルブランによる完全密室の謎。集合住宅にて脅迫王M氏の金庫の中見が焼かれた事件。楽しく読ませていただきました。
まずは結論から。犯人は単独犯ではなく、少なくとも三人以上いるのではないでしょうか。そして、間違いなく犯人の一人だと言えるのがWさんです。
では、なぜそう考えたのか。順を追ってお伝えしますね。
新聞によると侵入・退出経路ともに不明である完全密室という触れ込みですが、私に言わせれば完全とは言えませんね。少なくとも侵入に関しては多くの準備期間がありましたから、どうとでもなります。例えば合鍵、マスターキー、ピッキング、鍵のすり替え等。開ける方法はいくらでもありました。どうにか上手くやったんでしょうね。
故に、真に思考を巡らせるべき事件の根幹は“如何にして脱出したのか”。すなわち窓の錠と扉のチェーンによる密室のカラクリです。これを解き明かせば、おのずと犯人に行きつきます。怪盗ルブランの目線に立って、当時の状況を再現しながら張り切って探っていきましょう。
ルブランが隠し金庫の在処を暴いて金庫の中を焼いた時、扉にはチェーンが掛かっていた。窓も鍵がかかっていた。であるならば、ルブランは外には出ていなかったということになります。幸い、M氏の部屋は隠れる場所には事欠かなそうですし、潜伏自体は悪くない手です。しかし、煙が充満する部屋で息をひそめるというのはあまりに自殺行為じみている。ガスマスクをしていたならばできなくはないですが、あれはフィルターを通して呼吸をするので、かなり音がします。かくれんぼには不向きと言わざるを得ません。そもそも、チェーンを切断して部屋が開かれてから、どうやって逃げたんでしょうか。全員がいなくなるタイミングを見計らうにしては、運と偶然に頼りすぎです。やはり、ルブランはどうにかして外へ逃げたと考えるべきでしょう。あと、言うまでもないですが外からチェーンを掛けた線は考えなくていいです。廊下はすでに煙が充満していますからね。危険すぎます。
それでは怪盗ルブランはいったいどうやってM氏の部屋から脱出したのでしょうか。その驚くべき答えとは? ダララララララララララ――ダン!(軽快なドラムロール) ずばり、窓です。窓は開いていた。鍵は閉まっていなかったんです。Wさんは偽証をしたということですね。なぜそんなことがわかるのか疑問に思われるでしょう。これ、実はWさん自身が重要な証言をしてしまっているんですよ。『部屋は前が見えないほど曇っていた』すなわち発煙筒の煙は非常に強力だった。これが、Wさんが偽証をした何よりの証拠です。
WさんとM氏が部屋を逃げ出した時、発煙筒の煙が部屋まで入ってきていたそうですね。扉が閉まっていたとはいえ、刻一刻と“前が見えなくなるほど濃い煙”が満ちて来たはず。ルブランはそんな部屋で隠し金庫の場所を探し出し、金庫を破ったわけです。もたもたしていたら濃煙で手元が見えなくなるかもしれない、息が吸えなくなるかもしれない。ルブランは迫る刻限に相当急いでいたはずです。
しかしながらこの状況、簡単に打破する方法があるんです。もうなんだかお分かりですよね。そう、換気です。窓を開ければいいんですよ。つまり“前が見えなくなるほど強力な発煙筒が焚かれていた”のなら、ルブランは安全と視界の確保のために窓を開けていたはずなんです。金庫破りは音と感覚の世界ですから。素早く開けるために、極限まで集中できる環境を作っていないはずがない。特にどんな金庫の型なのかも判断する必要がありますので、視界の確保は急務だったはずです。
その後、鮮やかに金庫を破った(驚くべき離れ業!)ルブランは焼却という目的を果たして、開いている窓から脱出した。窓は開けっぱなしにはせず、外から閉めたんです。鍵は当然そのままで。脱出先は上階か下階かはわかりません。しかし、Wさん曰く1階にもすでに煙が立ち込めていたらしいですが、3階には何の言及もありません。もしかしたら、発煙筒が焚かれたのは1階と2階だけだったのかもしれません。もしそうなら3階は逃走経路だったと推測できます。確定はまだできませんけどね。すなわちM氏の真上、もしくは真下が空き部屋ではなく住人がいたならば、その者は間違いなく協力者です。詳しく話を聞いてみるべきでしょう。与えられた情報だけで考えるなら上階だと言える、と捉えてください。
さらに申し上げれば、もし3階が逃走経路だったなら、ルブランが建物から脱出した時期はかなり遅かったはずですよ。可能なら建物から出た順番などが分かれば、非常に大きな手掛かりになるでしょう。逃げ遅れて来た者がいたなら要注意です。
あとは事が収まった後にM氏にドアチェーンを見せて冷静さを失わせ、どさくさに紛れてWさんが窓を開けて『施錠されたままだった』と偽証すれば、心理的密室の完成です。窓を確認した者はWさんしかいないですし、残念ながらこの人物には脅しの弱みがなくなるという利害関係もあります。Wさんは善良だから嘘をつくはずがない、と反論されるかもしれませんが、それは詭弁です。「主張」ではなく「人」を評価して結論を出す誤謬。人格評価と証言の信用性は、別個に扱われるべき問題です。よって、Wさんは偽証をしたという点は疑いようがないと私は考えます。
なので、私の推理では
・ルブランの逃走経路を隠蔽したWさん
・M氏の部屋の真上に住むAさん(仮)
・陽動係のトーチマン(この役割はAさん(仮)が兼任できる)
・実行役の怪盗ルブラン
の少なくとも3名以上による犯行だったのではないか、と考える次第です。
最後に、どうとでもなると申し上げた侵入についての考察を軽く記しておきましょう。WさんとM氏が一緒に部屋から逃げた後に、ルブランがノコノコやってきて扉を開けるというパターン。これは見つかるリスクがあまりに高い。皆が避難する中で逆走しなければなりませんし、煙が充満した廊下を進む必要があるのも不確定要素が多すぎてとても採用できません。察するに、ルブランはずっとM氏の部屋にいたんじゃないでしょうか。WさんがM氏の部屋に入るよりずっと前に、誰も建物に居ないタイミングを見計らって扉の鍵を開けて中に潜んでいた。隠し金庫の場所を探るために、火事だと思って焦ったM氏の動向を注意深く観察していたと考えれば合理的です。そして、この方法を使うにはWさんがM氏の部屋に行くということを事前に知っていなければなりません。すなわち、Wさんをとりまく隠された環が、やがて怪盗ルブランの正体へとつながるのではないかと考えていますが、いかがでしょうか。
それにしても、今回の事件はルブランが各協力者に多大な信頼を寄せていないとできない犯行でしたね。それでいて、誰かがヘマをしても責任が分散されているので芋づる式に発覚することはなく、軽傷で済む。おそらく協力者達は犯行の全容をほとんど知らないのではないでしょうか。Wさんは窓を開けて偽証をしただけで、本質的には脅しの被害者ですし、Aさんは部屋を空けていただけ、トーチマンも発煙筒を焚いただけでどうやって密室を作ったのか知らない可能性があります。犯行の階層化とでも言うのでしょうか。怪盗ルブランがミスしないかぎり、けして首謀者には追求が及ばないよう工夫を凝らした痕跡が見て取れました。まったく、捜査官泣かせですね。
今回のパズルもとても面白かったです。悪漢をやっつける爽快感もありました。毎回思いますが、よくこんな素敵な話を思いつきますね。これも英才教育の賜物でしょうか。私にはとても出来そうにないので、羨ましい限りです。
それでは、今回はこのあたりで。次に手紙を書くのを楽しみにしています。
敬具
ライラ=ロ=ノクタリカより
追伸
娘が最近、アンナさんは次いつ来るのかばかり聞いてきます。
なんと答えればいいでしょうか。
◇
ガタンッ! と隣の席が大きく揺れた。ライティングデスクに腰掛け思案していたわたしは、お、もうそんな時間かと顔を向けると、我が友パーカーが顔に手紙を押し付けながらのけぞっていた。
「どしたん? 話聞こうか?」
「……ん? ああ、すまない。なんでもないよ。ワトソン」
しかしパーカーはたちどころにスンっといつもの調子に戻り、上機嫌で羽ペンにインクをつけていた。なんでもなくはないだろ、どういう感情だよと思ったが、パーカーと過ごしているとこう言うことはよくある。わたしは「そっか」と答えて気にせずアンナ・パーカー事件録の執筆にとりかかった。
(完)




