エピローグ
早朝、私はバケツを前にして、昨晩の出来事を思い出していた。
――も、申し訳ありませんでした。
当然というべきか全く寝付けなかった。理由はこれ、パーカーによって渡された二つの封筒。契約書にサインしたミルヴァートンが号泣しながら部屋に戻って行った後、「君の戦利品だよ。好きに使いたまえ」とか言って手渡してきたものだ。わたしはその時に、やっと緊張で止まっていた息を吹き返した。
「あ、あなた、パーカー! 盗んでないって嘘だったの!? それに、か、隠し金庫!?あなたそんなものまで……!?」
パーカーは珍しく驚いた様子で目を丸くし、わたしをなだめるように両手を突き出していた。
「お、おいおい。おちつけよワトソン。あれは嘘だよ。考えてもみたまえ。私は窓からロープを伝って逃れたんだ。本棚いっぱいの書類なんてとても運べないよ」
つまりハッタリだったということらしい。
「むぅ……! でも、なんか、それって!」
それはそれで何か問題がある気がするが、反論が何も思いつかない。
「それに、私は盗んだんじゃない。取り返したんだ。君の秘密を。君だけの秘密を“取り返した”んだよ」
パーカーは穏やかな顔でわたしを見ていた。ずるい。そんな顔をされると何も言えなくなる。
「それは……ありがと。で、でも、あなたの秘密まで……貰えないよ」
「なら処分してくれて構わない」
パーカーはするりとわたしの横を通り抜ける。もう怒っていいのか、感謝した方がいいのか分からなくなった。うがーっと頭を抱えているわたしを見て、パーカーは満足そうに笑った。
「私は子細をメテウスに話に行く。これから忙しくなるぞ。ワトソン君」
パーカーはそういって大きく伸びをすると、部屋を出て行ってしまった。まったく、本当に自分勝手で自由気ままなルームメイトだ。
思い出したら苦笑いがこぼれた。朝の風が少し肌寒い。わたしはバケツの中に二つの封筒を入れた。わたしの秘密、出生を証明するものだ。ミルヴァートンは復讐のためだといっていたけど、そんなんじゃない。わたしがこの大学に来た目的は、法王庁の審問官になって、給料をたくさんもらって。ただ、母に楽をさせたかっただけなのだ。だから、これはわたしには必要のないモノ。ポケットからマッチを取り出して、火をともした。
でも、わたしだけパーカーに秘密を知られているのは、やはり不公平ではないか? パーカーは好きにしろと言った。なら、覗いても何も問題ないんじゃないか? と、いろいろ理屈をこねくり回してみたが、魔が差したと言って差し支えない。私は手を振ってマッチの火を消し、パーカーの秘密が入った封筒を取り出した。
内容は……出生やこれまでの経緯について。父はベン・パーカー、母はジェーン・モリアーティ。父はアンナが物心つく前に病で亡くなり、従兄のロジャーが父親代わりに。スリ疑惑で補導されたことがある。法王庁の捜査に協力したことがある。どれも聞けば普通に教えてくれる内容ばかりだ。その他は、大学で起こった事件の証言や証拠。すべてが不十分、真偽不明で締めくくられている。最後には“メアリ・ワトソンの関与、記録の存在“とひと際大きなメモ。事件録は部屋から出したことないし、存在もパーカーしか知らないはずなのに、なぜミルヴァートンに知られたのだろう。私は溜息をついて封筒をバケツに放り込んだ。まぁでも、結局この学校でアンナ・パーカーについて一番良く知る者は、わたしを置いて他に居ないようだ。それが何だか、すこしだけ誇らしい。
再びマッチを擦る。バケツの中にくべる。古い紙だったからか、あっという間に燃えていく。わたしとパーカーの秘密が灰になる。煙が立つ。空は快晴。気持ちのいい朝だった。
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佐倉美羽




