第八章 ゲーム機は生活必需品ではない
第八章 ゲーム機は生活必需品ではない
ここまで読んで、
「それでは金持ちが有利になるだけではないか」
と思った人もいるだろう。
確かにその通りである。
私の提案する方式では、
高い金額を提示できる人ほど上位になりやすい。
それは否定しない。
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しかし私は、
それの何が問題なのかよく分からないのである。
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なぜならゲーム機は生活必需品ではないからだ。
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食料なら分かる。
医薬品なら分かる。
電気や水道も分かる。
それらは生活に必要だ。
だから価格だけで配分するべきではないという考え方にも一定の理屈がある。
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しかしゲーム機は違う。
なくても生きていける。
趣味の商品である。
娯楽の商品である。
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私は不思議に思う。
なぜゲーム機だけが、
全員に平等でなければならないのだろうか。
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世の中には高額商品が数多く存在する。
フェラーリ。
ロレックス。
高級オーディオ。
ハイエンドPC。
高級カメラ。
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それらは決して安くない。
欲しくても買えない人もいる。
しかし、
「金持ちしか買えないから価格を下げろ」
という議論にはならない。
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ところがゲーム機になると話が変わる。
なぜか全員が同じ価格で、
同じタイミングで、
平等に買えるべきだという前提になる。
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私はそこに違和感を持っている。
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理由はおそらく単純だ。
ゲーム機は子供のもの。
そういう古い価値観が残っているのである。
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しかし今は令和だ。
ゲーム市場を支えているのは大人である。
子供の頃にゲームを遊んでいた世代が、
そのまま大人になった。
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ゲームは巨大な娯楽産業になった。
映画や音楽と並ぶ文化になった。
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にもかかわらず、
ゲーム機だけは今もどこかで
「子供が買える値段でなければならない」
と考えられている。
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私はその発想自体が古くなっていると思う。
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もちろん、
誰もが安く買える方が嬉しい。
それは私も同じだ。
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しかし供給が足りない以上、
全員が買えることはない。
供給100万台に対して需要500万人なら、
どうやっても400万人は買えないのである。
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問題は誰が買うかだ。
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私は価格で決めればいいと思っている。
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欲しい人が買う。
買えない人は待つ。
価格が下がるのを待つ。
需要が落ち着くのを待つ。
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それは市場として極めて自然な姿ではないだろうか。
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少なくとも私は、
抽選で運任せにするよりも、
市場原理に従う方が合理的だと思っている。
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そして何より、
ゲーム機は生活必需品ではない。
だから私は、
市場原理で売ればいいと思っているのである。
考えてみれば、ゲームソフトでは当たり前に行われていることでもある。
発売直後の人気ソフトは高い。
しかし私は別に困らない。
高いなら待てばいいからだ。
数か月後には新品価格も下がる。
中古品ならさらに安くなる。
ベスト版が出ることもある。
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消費者には選択肢がある。
今すぐ買う。
安くなるまで待つ。
中古を買う。
あるいは買わない。
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その選択が市場である。
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私は健全な市場とは、
誰もが同じ価格で買える市場ではなく、
それぞれが自分の判断で選択できる市場だと思っている。
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ところがゲーム機になると、
なぜかその考え方が消えてしまう。
発売日に。
定価で。
誰もが同じ条件で買えるべきだ。
そんな前提で語られる。
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私はそこに違和感を覚える。
ゲームソフトで認めている市場原理を、
なぜゲーム機だけ否定するのだろうか。




