第四十二話 2人の試合がはじまりました
試合開始を告げる太鼓の音が、会場内に鳴り響いた。
鳥カゴの中でセシリアとカリナが、互いに牽制しあいながら拳をかわし始める。
序盤は鳥カゴの中央でジャブを打ち合っていた2人だったが、次第に様子が変わり始める。
「セシリアちゃんがカリナちゃんの周りを回りはじめましたか……」
ペペがつぶやく。
「ふっ。弱い拳闘士が強い拳闘士の周りを回るのは、昔から決まっていることさ」
ビアンカがペペに返す。たぶん俺に聞かせてる。
だが俺は聞こえないふりをして、観戦に集中する。
リング上では、拮抗した攻防が続いていた。いや、拮抗というより、もはや手詰まりに近い。2人はいつも一緒に練習をしていた。お互いの癖も、動きも、距離感も、全部知り尽くしている。だからこそ、攻めあぐねる。変に出れば、カウンターをもらう。
……でも。
やはり徐々に差は出てきた。
「――ッ!」
カリナのストレートがクリーンヒット。
セシリアはバランスを崩し、そのまま尻もちをつく! 会場がどよめき、俺は思わず立ち上がる。
すかさず追い打ちをかけようとするカリナ!
「いけっ、勝てるぞ!」
観客の誰かがそう叫ぶ。
だが──カリナの拳はセシリアに当たらなかった。
「おっと! カリナちゃん惜しい! チャンスだったのに!」
ペペが叫ぶ。
「倒れた相手への攻撃は意外に慣れてないと難しいからね。カリナの練習不足だ。セシリアは助かったね」
ビアンカが淡々と解説する。
そう、この世界の拳闘では、倒れた相手への攻撃も“アリ”。
ただし、技術的にも精神的にも、そこに一線を引かずに攻め切れる拳闘士は少ない。
そのまま試合は進む。
息を切らせながら鳥カゴに立つセシリア。
だがその顔はすでにアザだらけ。
頬、額、そして唇の端から流れる血。少女の顔が痛々しく彩られていく。
一方のカリナは、華麗なボクシングを魅せていた。ステップインからのワンツー。距離を取っての飛び込みストレート。どれも鋭く、練習の時よりも洗練された動き。ボクシングの神に導かれるように、試合の中で一足飛びに成長しているように見えた。
それでも――
セシリアの目は、死んでいなかった。
確かに顔はボロボロだ。でも、瞳の奥にはまだ強い光が残っていた。
そして少しずつ、セシリアがカリナの攻撃を“読む”ようになっていく。
顔の向き、肩の動き、足の位置。
わずかな違和感を察知して、ギリギリの回避。そして、そこからのカウンター。
まるで往年の名選手、ギレルモ・リゴンドーのように。
もちろん、こんな動きは練習中に見せたことはない。
セシリアもまた、試合の中で格段に成長していた。
セシリアが左右にすばやく回りながら、的確に刺すようなカウンターを打つ。
カリナも負けじと、井上尚弥ばりの鋭いステップインとステップアウトで応戦。
2人の拳が、どんどんと研ぎ澄まされていく。
鋭くなり、強くなり、賢くなる。
観客は完全に息をのんでいた。
セシリアも、カリナも――
戦いの中で、お互いを高め合っていた。
これはもう──“進化”だ。
戦いの中でしか得られない、拳闘士としての覚醒。
──こいつら、どこまでいくんだ?
俺は拳を握りしめながら、応援することも忘れ、ただただリングの中の2人を見つめていた。




