第三十五話 フリオさんの部屋に呼び出されました
マルタとの買い物から戻った俺を、まるでタイミングを見計らったかのように、ペペが呼び止めてきた。
「コウタくん、フリオさんが呼んでいましたよ。後でフリオさんの部屋に行ってください」
えっ? ……俺、なんかやらかしたか?
ペペに聞いても知らないと言う。
まぁいい。とりあえずフリオさんの部屋へ向かうとしよう。
農場主の屋敷の奥──普段近寄ることのない、あのちょっと高級感のある廊下を抜けて、フリオの部屋の前まで来る。
「コウタです」
「どうぞ」
重たい木製の扉を開けると、そこには──
質素だが、上品さを感じさせる家具が整然と並んだ部屋。
無駄のない空間が、逆に威厳を感じさせる。
その中央で、フリオさんは静かに腰掛けていた。
優しげな笑みを浮かべながらも、その目には一切の無駄がなかった。
「わざわざ呼び出してすまないね。コウタくんに確認したいことがあったものだから」
「……なんでしょうか?」
俺が尋ねると、フリオさんは一呼吸おいて、静かに、でも直球で聞いてきた。
「奴隷解放を目指しているというのは本当ですか?」
「はぁ。まぁ……」
フリオさんのストレートな質問に、俺はつい、あいまいな返事をしてしまった。
だってまだ、解放奴隷になる目処が立ってないし。必要なお金が揃っていないのだ。
そんな状況で、フリオさんの目の前で「辞めます」なんて、いま言うのはなんかこう、社会人としてマナー違反な気がして……
けれど、そんな俺の心を見透かすように、フリオさんはゆっくりしゃべりはじめた。
「ふむ……奴隷解放を目指すのは自由ですよ。全ての農奴に与えられた正当な権利ですからね。 ただ、コウタくんのように真面目な人材は、解放奴隷になった後も引き続き農場で働いてほしくてね」
その目がキラリと光った。
あ、これ完全にお見通しパターンだ。
もう隠しても無駄だな。
観念した俺は、まっすぐ目を見て言った。
「すいません。実は……やりたいことがありまして。 解放奴隷になった後は、この農場を辞めようと思っています」
そう、俺の夢は“自由市民になり、ビアンカ拳闘団で拳闘を教える”こと。
セシリアたちのトレーナーになりたいと思っている。
フリオさんには、それを正直に伝えた。
するとフリオさんは、少しだけ目を細めて──
「そうですか、残念です……。コウタくんは、私が農場で見てきた中でも、特に真面目で優秀な農奴だった。そんな人材を失うのは、フリオ農園にとって大きな損失だ」
……その言葉が、胸に染みる。
フリオさんが、そこまで俺を思ってくれていたなんて。
「でも──やりたいことが見つかるというのは、素晴らしいことです。特にコウタくんのような若い人にとってはね。フリオ農園としては残念ですが、私は応援していますよ」
「……ありがとうございます。頑張ります」
俺はフリオさんに心からの感謝を込めてお辞儀をした。
そしてフリオさんの部屋をあとにした。
夢に向かう覚悟が、ほんの少し、引き締まった気がした。




