第二十九話 自由を得るには、1000万メソが必要です
翌朝、俺は目覚めと同時に昨日のことを思い出していた。
丘の上でセシリアとカリナと三人、汗だくでトレーニングをしたあの時間。楽しかった。ほんとうに楽しかった。たぶん俺の人生でトップクラスに幸せな時間だった。セシリアは無邪気で、カリナはツンとしてて、でも優しくて、あの時間が、あまりにも居心地がよくて――
「ずっと、あのふたりのトレーナーでいたいな……」
ぼそっと呟いた自分の声が、朝の寝ぼけた空気に溶けていく。
でも現実は、そう甘くない。
俺は今、フリオ農園で働く農奴。セシリアとカリナは、ビアンカ拳闘団の拳奴。俺が彼女たちに拳闘を教えられたのは、たまたま彼女たちがソンブラスにいたからだ。
そして、来月には彼女たちは別の街へ旅立ってしまう。
……ダメだ。
このまま来月、ビアンカ拳闘団が街を去るのを黙って見送るなんて、無理だ。
俺はずっとトレーナーでいたい。セシリアたちの近くにいたい。
そのためにはどうすればいいのか――。
悩みに悩んだ末、俺が向かった先は、あの男。
「そりゃあ、自由市民になるしかないでしょう」
ドヤ顔で食い気味に即答してくれたのは、我らがフリオ農園の農奴リーダー、ペペだ。
「農奴から解放されて、自由市民になれば、職業選択の自由が得られます。そして、改めてビアンカ拳闘団に就職するのです。トレーナーという職業はよく知りませんが、ようは団長の小間使いみたいなものでしょう?」
「いやいやいや、小間使いって!」
ペペはトレーナーを勘違いしているようだった。まぁ細かいことはどうでもいい。
とにかく、彼の言っていることは正しい。自由にならないと、未来は選べない。
――だがそのためには。
「もちろん、農奴から解放されるためには、奴隷解放税をフリオさんを通じて国に支払う必要があります」
ぺぺの顔がいつになく真剣になった。
「その額、1000万メソです」
「むぅ……」
「1000万メソです(にっこり)」
なんだその嬉しそうな顔は!?
「ちなみに、コウタくんの現在の貯金額は?」
「うっ……20万メソくらい……かな?」
「20万? たったの? よくそれで奴隷解放したいなんて言えましたね!」
ペペがわざとらしく手を上にあげて驚いたポーズをした。うーん、ムカつくけど、何も言い返せない……!
「20万メソでは、賭け拳闘で増やすのも難しいですねぇ」
「え、そうなのか?」
「えぇ、その日の試合にもよりますが、だいたい倍率は20倍が限界ですよ」
どうやら、賭け拳闘にはある程度の“上限”があるらしい。ぺぺの説明によれば、一般的な賭け方は以下の通り。
・2試合の勝敗を当てれば、賭け金は2倍。
・3試合の勝敗で、3倍。
・その日行われる20試合すべての勝敗を当てれば、賭け金が20倍になって返ってくる。
「けど、20万メソが20倍になっても、400万メソですもんねぇ……」
うん、無理すぎて泣ける。
「他に、方法はないのか?」
「……まぁ、なくはありませんけど、望みは薄いですよ」
「それでもいい。教えてくれ!」
「そうですねぇ……。賭け拳闘の胴元に、直接交渉してみるんです」
「直接交渉?」
「はい。“20万メソを1000万メソにしたいので勝負してくれないか”って」
「なるほど……!」
思わず手を叩く俺。けどその勢いを、ペペが冷静な一言で止める。
「まあ、やめたほうがいいと思いますよ? 胴元が受けてくれる保証もないし、仮に受けても、“20試合全的中”より遥かにエグい条件を突きつけてくるでしょうから」
たしかにそれはそうだ。でも――
背に腹はかえられない。
俺は、自由になるために必要な一千万メソを稼ぐために、賭け拳闘の胴元に直談判することを決めた。




