第二十六話 打ち上げは、別れのはじまりでした
試合が終わってすぐ、俺は控え室へ向かった。
もちろん、あのセシリアのKO勝利を称えるためである。
ノックもそこそこにドアを開けると――セシリアがいた。
「セシリア! おめでとう!!」
「コウタ先生~~~っ!! ありがとうっ!!」
満面の笑みを浮かべて、セシリアが勢いよく飛びついてきた。
ばっ、と両腕を広げて、まるでゴール後のサッカー選手のように。
うおおおっ!? やばいやばい! なんか……汗かいてるのに……なんでいい匂いするの!? この子、なんでいつもフローラルなん!?
ふんわりと香る甘い匂いに、一瞬で理性が遠のきそうになる俺だった。
「今日は打ち上げがあるんだよっ! ねえねえ、コウタ先生も一緒に来てよ!」
「えっ……でも、俺って部外者だし……」
俺がモゴモゴと口ごもっていると、セシリアはキラキラした目で振り返った。
「コウタ先生も来てもいいでしょ、団長?」
「もちろんさ。コウタには詳しく聞きたいこともあるしね」
セシリアが振り向いて言うと、ビアンカが豪快に笑いながら答える。
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
「やったーっ!! 一緒にい~っぱい、ごちそう食べようねっ!」
テンション爆上がりのセシリアが、再び俺に抱きついてきた。
うん。完全にハイになってる。
さすがにちょっと落ち着いて! 俺の心臓がもう限界を迎えそうだよ!!
* * *
その日の夜。
ビアンカ拳闘団の試合後の打ち上げが行われた。
場所は、彼女たちが拠点としているペンションの食堂。
ちなみに参加者は、俺以外全員女性。そしてほとんどが10代の少女たち。
なんという場違い感。
ちなみにペペは参加させてもらえなかった。
さっき別れるときに「コウタくんだけズルいですぅぅううぅ!!」と絶叫していた。ちょっとかわいそう。
打ち上げ会場は、終始キャピキャピしていた。
女子たちのピンク色の笑い声が飛び交い、料理はめちゃくちゃ豪華で、まるでアイドルグループのライブの打ち上げみたいな雰囲気。
そして俺はと言えば、なぜかめちゃくちゃモテていた。
「え~! あの作戦ってコウタさんが考えたの~!? すご~い!」
「ねえ、今度私にも拳闘教えてくれませんか~?」
お、おぉ……ちょ、ちょっと待って? なにこれ、モテ期到来?
――と、ここで。
「ダメっ!! コウタ先生は私の先生だからっ!!」
セシリアが、怒涛のごとく女の子たちを追い払っていく。
完全にヤキモチである。そんな顔をしていた。
なんか嬉しいような、恥ずかしいような。
そんなことを考えながら打ち上げ会場を見回すと、そこに1人だけ、俺に対してとても鋭い視線を送ってくる少女がいた。
その少女の名は――カリナ。
長い黒髪を耳の後ろでまとめた清楚系美少女で、スタイルも抜群。
しかも胸元の主張はほどほどにあり、色気すら感じさせる15歳。
そして、俺を、すっごい目でにらんでいた。
……なぜ?
その理由は、すぐに分かった。
セシリアが前に言っていたのを思い出したのだ。
『一番仲がいいのは、カリナちゃんだよっ!』
なるほど。つまり、カリナからすれば俺は“一番の親友”を奪った男ってことか。
……え、なにそれ、浮気男みたいな構図じゃん。やめて。
そんな険しい視線にも気づかず、セシリアは俺の隣にぴたりと座り、ほっぺにご飯粒をつけながら笑っていた。
「ねぇコウタ先生、この煮込みすっごく美味しい! 一緒に食べよう!」
俺は、うんうん、と頷くだけで精一杯だった。なんだこの状況。なんだこの幸せと、同時に押し寄せる緊張の波は。
そして打ち上げの最後。
空気が少し落ち着いたところで、団長ビアンカが食堂の中央に立ち、全員に向けて発表したのだ。
「来月の試合を最後に、ビアンカ拳闘団はソンブラスを離れる。次の街へ向かうよ」
食堂が一瞬、静まり返った。
そう。ビアンカ拳闘団は、巡業で各地をまわる旅団だ。
ひとつの街に長く留まることは、はじめから分かっていた。
でも――
「……来月まで、か……」
覚悟していたはずなのに、いざその“別れ”が具体的に示された瞬間、胸がギュウッと締め付けられた。
セシリアも、黙っていた。
うつむいて、手のひらをじっと見つめていた。
――俺は、本当だったら一緒に行きたい。
ずっとセシリアに拳闘を教えていたい。
団体の一員として、共に旅をして、共に笑って、強くなっていきたい。
……けど。
俺は、このソンブラスのフリオ農園の農奴だ。
他の街へは行けない。
どうしようもない現実を前に、俺はただ、小さくうなだれるしかなかった。




