第二十五話 セシリアのキドニーブローが炸裂しました
――セシリアは、諦めなかった。
さっきのチャンスを逃した後でも、彼女は焦らなかった。冷静に相手の動きを見極めながら――淡々と、だが確実に――“パリング”を続けていた。
ステファニーのパンチを流す、流す、また流す。まるで風に揺れる柳のように、軽やかに。そしてその合間に、ヒュッと繰り出される力を抜いた“フラッシュジャブ”。
そしてそれが良く当たる。どうやらセシリアはパンチの当て勘は良いようだ。
「おや? ……ステファニーちゃんに大ぶりなパンチが増えてきましたね」
ペペの声が、すこしだけ弾んだ。
俺は、ニヤリと笑う。
――キタ、キタ、キタ!
さっきまで冷静だったステファニーの動きが、徐々に雑になっていく。
フラッシュジャブに苛立ったか、パリングが気に食わないのか、またしても彼女の表情に“怒り”が宿り始めた。
「いいぞ! セシリア! その調子だッ!!」
俺は叫んだ。さっきよりも、もっと大きく、セシリアの心に届くように。
その声が、確かに届いたのか。セシリアは次の瞬間、ステファニーの大ぶりな右ストレートを、少しだけ大きく、勢いよくパリング。
その拍子に、ステファニーがバランスを崩した――!
「今だっ!!」
その瞬間を逃すことなく、セシリアが動く。
ステファニーの右肘に自分の右手をかけ、そこを支点に、左足をぐいっと前に踏み出す。
――背後を取った!!
まさに練習通り。
完璧な入り。
だが、ステファニーもとっさに反応する。首裏をガードしようと、左手を後頭部へ。どうやら延髄を警戒しているようだ。
……けれど、問題ないっ!!
狙いはそこじゃない!
「いっけぇぇぇぇぇえ!!」
セシリアの左拳が、ステファニーの背中――腰の少し上、腎臓のあたりに、鋭く、深く、突き刺さる。
――キドニーブロー、炸裂!!
ステファニーは、よろよろと、2、3歩、前に進む。
そのまま、ガクンと膝をつき――ズシャッと前向きに、リングに倒れ込んだ。
観客、沈黙――
そして――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」
会場が、一気に爆発した。歓声が渦を巻く!
俺も思わず立ち上がり、叫んでいた。
「セシリアぁぁぁぁぁあああ!! やったああああああ!!!」
セシリアは、パンチを打ち終えたポーズのまま、固まっていた。
目を見開いて、自分の拳を見ている。肩で大きく息をしていた。
信じられない――そんな顔だった。
でも、それはきっとステファニーも同じ。
リングに倒れたまま、彼女は驚きと苦悶が入り混じった表情で、なぜ自分が崩れ落ちたのか理解できていないようだった。
「おい! どういうことだ! 説明しろ!!」
ドンッと俺の肩を掴んできたのはビアンカ。顔は真っ赤、鼻息が荒い。
「……あれはキドニーブローです」
俺は少し得意げに言った。
「実はあんまり知られてないけど、セシリアが殴った場所は“キドニー”っていう人体の急所のひとつです。ちゃんとした角度で入れば、まともに立てないぐらい痛みが走ります」
「……なんということだ……」
ビアンカは唖然としていた。眉をひそめ、視線をリングへ。
――こうして、俺の“トレーナー”としての初陣は、劇的すぎるKO勝利で幕を閉じたのだった。
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