第十五話 試合まであと1週間。セシリアとふたりでキドニーブローの特訓をしました
日曜日になった。試合まで、あと一週間。
この日の俺は、朝からセシリアと一緒に市場でサンドイッチと飲み物を選びながらキャッキャウフフしていた。
「ねぇコウタ先生、こっちのチーズのほうが香ばしくて美味しそうだよ!」
そう言ってパンを指さすセシリアは、今日も全力で可愛い。しかも、財布を出したのは彼女の方だった。笑顔で、何のためらいもなく。
「支払い、私に任せてくださいっ!」
財布を構えたそのポーズがまた……えーっと、これってデートですか? ねぇ、神様。
そんな幸せタイムを満喫しながら、俺たちはいつもの丘へ移動した。
丘は静かで、草が風に揺れて、羊っぽい動物がペェと鳴いていた。まさに練習日和。
──よし、昼飯も食べたし、今日も始めるか。
「じゃあ、まずはパリングからいくぞ」
「はいっ……」
が、その瞬間。
セシリアの表情が、ふっと曇った。
「どうした?」
「……実はこの一週間、ビアンカ拳闘団でパリングの練習ばっかりしてたんですけど、みんなから『そんなの意味ない』って言われてて……。それより『もっと攻撃の練習しろ』って」
小さな肩が、プルプル震えていた。
俺は、そんな彼女の肩にそっと手を置いた。
「セシリア。気にするな」
「……え?」
「俺が見る限り、セシリアのパリングはちゃんと上達してる。今日は次の段階に進むぞ」
「次の段階……?」
「そうだ。相手の背後に回り込む練習だ」
「っ!!」
セシリアの顔が、一瞬で明るくなった。
それどころか、俺の手を握ってぴょんぴょん跳ね出す。
「やったぁ! はやく教えてください! コウタ先生っ!」
「お、おい、落ち着けって……腕がもげる……!」
というわけで、俺はセシリアに、回り込みのテクニックを教えることにした。
「まず相手の攻撃をパリングする。で、何度もパリングしてると、相手がイライラして大ぶりのパンチを繰り出してくる」
「はい」
「例えば、俺がセシリアに大ぶりの右ストレートを打ってくるとするだろ。そしたらそれを、セシリアは左手でいつもより大きくパリングする」
「左で大きくパリング、はいっ」
「すると、相手がバランスを崩す。その瞬間に、相手の右肘を、自分の右手で掴む」
「え、ここ? このへんですか?」
「いや、もうちょっと下……そこだ。で、そのままその肘を支点にしながら、大きく左足を踏み出し、一気に背後に回り込むんだ」
「え、えぇっと……」
セシリアの脳内はたぶん今、はてなマークでいっぱいだ。
「大丈夫! ちょっと複雑だけど、何回かやれば絶対できる!」
そう言って、俺は彼女の体を手取り足取り教えた。手をつかんで、肘を押さえて、腰を滑らせて――なんかこう、すごく距離が近い。体が何度も触れ合って、そのたびに彼女の体温と、ふわっと甘い汗の香りが、俺を刺激しまくる。
うわ。なんか柔らかい。うわ。これ、ヤバいやつだ。
いかんいかん。集中しろ俺。これは訓練。修行。煩悩を感じるな。煩悩を感じるな。
しかし、そんな俺と対照的に、セシリアは真剣だった。一生懸命、何度も何度も繰り返して練習していた。顔は汗だくだけど、目はキラキラしてて。まるで夏の日差しの下で咲く花みたいだった。
そして、ついに。
「できた!! コウタ先生!! ちゃんと後ろに回れましたっ!」
セシリアは満面の笑みを浮かべて、勢いよく俺に抱きついてきた。
ちょっ、ちょっ、待て待て! 俺の理性が崩壊してしまう!!!
「おい、まだ一回できただけだろ!? そんなに興奮するなって! あとちょっとで試合なんだから、試合で失敗しないように、繰り返し練習するんだ!」
「はいっ! コウタ先生!」
ぴしっと敬礼のポーズをとり、ニコッと笑うセシリア。
その仕草が可愛すぎて、俺の心にクリティカルヒット。
……くそ。最高の休日だぜ。
この日はその後もずーっと、セシリアと一緒に回り込みの練習をした。
──さあ、いよいよ、来週が本番だ。




