ある闘病日誌43
6月28日(金)
沢山寝たから、今日はつま先をくねくねする。体操を頑張る。N先生は、「無理はしない様に」と言ってくれた。でも、無理しなきゃ、麻痺の寸前から、歩ける様にはならない。松葉杖には頼らせてもらう。F先生は、てんかんの薬を出してくれる。良かった。もうT病院には、行かなくていい。昨日より足が全然、痺れている。でもやはり、左だけは冷たい。怖いけど10時間のオペに耐えたんだ。介助の男性は、院内の様子、事情を一番知っている様子だった。「M先生が10時間のオペ頑張ってくれたから」と、言ったら「M先生は知らんけど、あなたが、ほんまによう頑張った」と、あれは、事情をよく知っているなと、ピンときた。ちょっと便秘になっている。便秘の人って辛いんだよな、死ぬ思いで術後、便を出した。恐らく2週間?出ていなかった。生き甲斐、遣り甲斐、見つけなければいけない。生き甲斐が無いと、私は歩く練習がちょっと、しんどい。生きる事がちょっとしんどい。11月の行政試験は間に合わない。じゃあ他の試験を受けるか‚‚‚‚‚今、6月‚‚‚‚‚‚もう7月、11月11日、ちょっと無理かな‚‚‚‚‚‚いや、頑張るしかないかも知れない。生き甲斐があれば、人は歩ける、頑張れる。10、800円も払って受けられなかったら、かなり、もったいないな。でも生き甲斐を見つける為に仕方無いかな。余命半年と言われた人が、10年とか生きている、いわゆる長期生存者は*生き甲斐*遣り甲斐*社会との接点をたたない、だった。後は筋トレ、筋トレ出来るくらい迄、頑張らないと私は、何の為に10時間のオペをしたんだ。かなり耐えたぞ。だから自分のご褒美に、鞄と安い指輪を買った。それくらい許せるだろう。私は人間扱いされたかった。泣く権利くらい欲しかった。だから無理やり退院した。人間として生きたい。もしそれが最後になったとしても。
*僕は死なないー利根健さん
全てを明け渡してゆだねる。ステージ4の肺腺癌、アレセンサー(医薬品)、メンタルも重要、命のスクワット、スロースクワット、4秒掛けて立ち上がる。2つの癌を克服した。
*伊藤寛さん
生き甲斐ー余命1年と伝えられた。生かされている事に感謝した。進行癌7年以上、生きている。社会と関わり続けた「生きたいという「願望」「いい治療との出会い」「いい医者との出会い」」
母は、話しをしたみたいだ。婦長さんは「そりゃ退院したがる」と言っていたそうだ「最後は本人が決める事ですから」と言った。婦長さんは「そうですけれど」と、言っていたらしい。入院中は婦長さんに会えなかったけど、かなり、シッカリした人みたいだった。ベッドで今日は、休養したから、つま先を動かす練習をしてみる。そしたらベッドに腰掛けて立つのが楽に出来た。やっぱりM先生が「家に帰って、寝たからアカンよ!」と、言っていたのは、こう言う事か‚‚‚‚‚1秒たりとも休んだらあかん。寝てたい時は、つま先の運動したり、何か足を動かさないと、それをしたら全然違う。後は、階段がクリア出来ないから、松葉杖、早くこないかな‚‚‚‚‚‚。障害福祉課で貰うには、身体障害の認定がいるそうだ。こちらが困っているのに、役所は、血も涙も無い!!身体障害では無いだろう、だって、圧迫が取れて、後は術後、M先生は「どんどん歩いて貰う」11月の試験に間に合いますか?と聞いたら「リハビリ次第」「本人が、どれだけ頑張れるかだ!!」と言った。正直、完全麻痺寸前でオペしたあんな状態から、歩ける様になるには、叫ぶ程、練習しなきゃ。歩ける様になり、階段の登り降りは出来る様にならないと。せっかくN先生に、あのメダル貰ったんだ!!物事は変えられるんだ!!いや、変えられ無い出来事は無い!!この歳で施設や車椅子、介護ベッドなんて、まっぴら御免だ!!余命が半年と言われた事も、今、オペをしないと11月は無いと言われた事も有るけれど、この歳で介護を受けるなんて、私のプライドが許さない。でも、右のリンパも切っているから、あんまり、正常な方の腕力を、これ以上使って這い上がるのは、避けた方が‚‚‚‚‚。じゃ左腕が腕力戻ってきたから、左腕を使う。あとは左肩を、筋力と麻痺を正常に戻す!!落ち込み事も沢山ある。でもptの先生は、中腰は危ないと言っていた。じゃあ鍛えた腹筋で、ちゃんと立つ!!ピッと立つ!!でも歩いたら、膝が、ガクってなる。そりゃオペして数日しか経って無い。当たり前だ!!母親はF先生に、家の中で、ごそごそ歩けると、言っていた。私のベッドは高さが有るし、自宅も段差が有る。乗り越えられた。これだけ手すり無しで乗り越えられたのは、分かって欲しい。なんて、それこそ、我がままだ。分かる努力だけはして欲しい。だから母は「辛いと思う」と言ってくれた。その言葉だけで、充分だ。N先生に貰ったメダルは、とても珍しい物らしい。私も不思議だ「僕はこれに触ると、有り難う」と言う様にしていると、言っていた。私は癌治療にとっては、それは大切な事だと思う。そして今こそ免疫療法を試す時がきた!!と思っている。抗がん剤や放射線で亡くなった人も沢山いる。多分このまま、抗がん剤も何もしなかったら、私は死ぬかも知れない。でも、その時は、私の天寿だ。退院して後悔していない。私は病院に殺されると、強く思った。




