ある闘病日誌12
4月9日(火)
3年前に誤診されていた事、精神科からストップが掛かった事、何故それをf先生に連絡しないのか?母親を泣かせてしまった事、母親から、大病院は個人の精神科を嘗めてるって事よね、f先生が一番恥をかいたって事よね、悪い事したわね、あの先生の気性だから、腸が煮えくり返ってるでしょうね、と気遣っていました。私は自分の治療方針は、自分で決めます。つまり、ワクワク出来る事、生き甲斐を見つける事、どうしても生きたい理由を明確にする事、泣かせてしまった人達に申し訳ないから、かかりつけ医は持ちます。今のハードルは、それしかない。やっぱり私の直感は当たっていた。そして、大きな病院ほど名医がいないと言う事が良く分かった。
バーニーシーゲル博士
「希望は持ち続けている間は、あなたは支えられ、多くの事を成し遂げることが出来る」
◉私達は色々な事を早急にに実行していかないと、娘の命の保証が無いのです。
f先生、何時も、お世話になっている担当の薬剤師さん、訪問介護で何時もお世話になっているゲンさん、皆さんが動いて下さいました。私はまず役所に行って、介護ベッドを借りられる準備をしょうと思い、介護保険に加入手続きに行きました。寝たきりになって私が介護するにしても、介護ベッドは必要不可欠です。又もや醜いショックです。娘は介護保険に加入出来ない、と言われました。介護保険に加入出来ないんなら、何処で介護ベッド借りられるんですか?と尋ねました。すると返ってきた返事が、首を傾け、サア?でした。役所も又もたこれかと思いました。どの課に相談すればいいんですか?と尋ねたら、この方は、障がい福祉課しかないですと言われました。介護ベッドさえ用意してあげられない、腹立たしいより、自分の甲斐性の無さに、娘に詫びるしかないんです。




