ある闘病日誌13
◉娘はF先生に、手紙を書いていました。
F先生へ
先生にはもう一生、足を向けて寝れません!!
梅田の病院に電話を掛けて頂いた時は嬉しくて、泣いていたのです。確かに民間療法や癌サイバーの友達は、医師も含めて沢山いる事は事実です。どうせ死ぬなら「癌」がいいの著者お二人も外科医でありながら全く治療を受けない癌サイバーのお二人です。私の場合、シコリが悪臭を放てばFクリニックに通院出来なくなる、訪問介護も来て貰えなくなる、これは大きな問題でした。なのでちゃんとした治療で治そうとF先生の力で思えました。F先生は、先生と呼べる数少ない今まで出会った中のお一人です。先生は以前こうおっしゃいました「人間の体なんて分からない事だらけ」と、私はその時この方は本物の医者だと思いました。今迄のお医者さんは、医師なんだから体の事は知り尽くしている、と、言う様な態度のお医者さんが本当に多かったです。極端に言うと傲慢です。ちゃんと治療を受ける代わりに、2つのお願いが有ります。
①あと50年は精神科医として、私も含め、患者の命を救って下さい。五木寛之さんの本によると、日本の自殺者は年間3万人を超えているようです。その背景に未隊者は、3、5倍と言われているそうです。この事を強く本の中で訴えています
②乳癌になって、自分の夢を妥協したくない、と言う思いが強く成りました。司法書士ではなく小さい頃からの夢の弁護士になりたいです。その為一般知識が分かりません(泣)医師法ももっと、知らなければなりません。患者さんの待ち人数の空きがある時、色々教えて下さい。私は音楽科だったのです、大学受験なんて、まともに無いんです。音符読んでる時間が長かっただけです。受験仲間の友人から伊藤塾テキストを大量に貰い1ページ目から「医者の告知義務」でした。後2週間で死にますとか、本人、家族に言う義務でしょうか?私はF先生に、あえて遺言は書かずに、治ると信じ治療を受けます。梅田の病院では3Dマンモグラフィ―で7cmのシコリが見つかりました。3Dの方が正確なんです。大学病院ではなぜ最初から3Dマンモグラフィ―で検査してくれなかったんでしょか?解らない事を尋ねたら、さっき渡したやろとか言われるし、誤診したのは大学病院の担当医ですよねこの医者は、馬鹿です。
◉N先生にも手紙を書いています
N先生へ
大学病院に治療を断りました。そして精神科の主治医の紹介で梅田に有る病院に行きました。双極性障害と大人になってからadhd患者と聞いて精神科の方から、その患者は受けられないとストップが掛かっていました。エコーをかけてもらった結果「手術の段階どころの話しじゃない!!」と80才位のベテランのお爺ちゃん先生が言っていました。この癌は10年以上かかって出来た癌ですよ!!乳癌と言うのは、1年で1cmとかの世界なんです。3年前に見つけられなかったんですよ、でも、訴えを起こしても100%負けますよ。僕は大学病院にいたのです。そんな方沢山見てきました。先ずは抗がん剤でしょう、でも、そんな新薬は大学病院にしか無いです。大学病院に戻れないですか?と、聞かれて「戻るくらいなら死んだ方がましです」と、言いました。3年前に誤診したのは、その医者ですよ、そして7cm以上ある乳癌の手術をしょうとしたのも、その医者です。此のまま突き進んだら必ず,短命で苦しんで死ぬ。そう思ったのです。知り合いのお母さんも新薬の抗がん剤を色々試した結果,抗がん剤で死んだ様なものです。
私が乳癌告知されてから毎日行っている事
①今日ワクワク出来る事を見つける
②1駅歩く、なるだけ階段を使う
③自分の直感に従う
④体を温め基礎代謝を上げる
⑤ハーブティー等を活用している
⑥寝る前と起きた直後「私の細胞は元気です私は内なる未来の力を信じます」と、センサ意識に働きける
⑦周囲の人へ「すいません」ではなく「有り難う」と言う、そして放置療法を勧めています
⑧ストレスを溜めない、書き出すなりして発散させる
⑨歯磨き、舌ブラシ、歯医者で定期検診を怠らない(免疫ケア)
⑩香水やアロマ等の力を借りて癒される様にしている
⑪夢(どうして生きたいかの理由)を妥協しない
⑫周囲を泣かせない様に、自分の精神をフリーにしておく
⑬癌を恐れない
私が生きている事が、不思議な状態らしいです(笑)
外科医に、生きているのが不思議と言われ、この様な事は免疫癌に関係していると思われますか?ちなみに、サウナ、サウナに入りまくって、癌細胞が消えた人もいるそうです。
N先生の見解をお聞きしたいです




