エンドピオの気持ち
「女に恋するのは、罪なのでしょうか」
ある日、婚約者であったモーリス・トレディン侯爵令嬢にそう言われたエンドピオはたいへん戸惑った。
その言葉の真意がわからない。だって自分たちは婚約者同士であるのだ。恋などという言葉を聞くとは思っても見なかった。
話を聞くと、ガーバル公爵家の令嬢セミスに惚れ込んでしまったとのことだった。
モーリスは正真正銘の女性である。だから、エンドピオはもちろんのこと驚いた。
しかし彼女の話から真剣さが伝わってきて。
自分より彼女は、セミス公爵令嬢の方がいいのだと知って。
「わかった。僕との結婚は嫌なんだな?」
「エンドピオのことは好きなのですが、友人にしか思えなくて。結婚するなら本当に好きな人とがいいです。……私は幸せになりたい」
モーリスの力になろうと決心した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エンドピオとモーリスの婚約解消は何の問題もなく行われた。
兄のバート王子が何事かと心配してきたが、これはモーリスのためなのだ、エンドピオは適当に誤魔化しておくことにした。
長兄はもうすでに結婚しているし、バート王子もまもなく婚約が決まる。だから自分が独り身になったところで何の問題もないのだから。
それからはモーリスの相談に乗り、協力をした。
婚約解消をしたというのに彼女と話していられることが嬉しかった。もしかすると、もう二度と会えないのではないかと思っていたのだ。
友人でいてほしいとそう言われ、安心していた。
モーリスは必死だった。
セミス公爵令嬢への熱い思いがヒシヒシと伝わってくる。そのために全力を尽くす姿を見て、エンドピオの胸は痛んだ。
……どうして自分はこの女性を手放さなければならなかったのだろう。
エンドピオは、幼い頃からモーリスのことが好きだった。
可憐でまっすぐで理知的で。時に子供のように拗ねるところがたまらなく愛おしくて。
本当は婚約解消などしたくなかったのだ。しかし彼女のためならと、無理を知っていてそうした。
セミス公爵令嬢の気持ちが兄に向いていることも知っていたし、彼らがもうすぐ婚約を結ぶことももちろん承知の上、しかしモーリスの願いを叶えたかった。
しかしその力は及ばず、兄たちは婚約してしまい、結局のところモーリスは一人になったのである。
こうなる未来はわかっていたはずだ。
それでも一度、再戦させた。
しかし結果は一緒。むしろモーリスを傷つける形での失恋になってしまう。
どうやったら彼女に夢を見せることができたのか、エンドピオにはわからない。
もっと力があればモーリスを幸せにすることができたのだろうか。そう思い悔しくなった。
なのにその様子を隠れて見ていた自分は、どうしようもなく安堵してしまっていて。
机に突っ伏して泣きじゃくるモーリスの姿。
その淋しい背中を見て、エンドピオはもう耐え切れなくなってしまった。
好きだ。
彼女が好きだ。言葉にできないくらい。
婚約解消をし、彼女とは赤の他人。しかしそれでも。
だからエンドピオは、高ぶる感情のままに彼女に抱きついていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やはり、女に恋するのは罪なことだったということ。わたくしは諦めて、修道女になります」
悲しげな目をしてモーリスは言った。
彼女のこんなところは初めて見た。見ているだけで胸が少し苦しくなる。
「エンドピオ、いいえ第三王子殿下、わたくしなどのわがままに付き合わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。これからはどうぞわたくしのことなど忘れ、思いのままにお過ごしください」
拒絶の言葉が、もはや涙声で霞んでしまっていることに彼女は気づいているだろうか。
もしもモーリスが自分を求めていないのだとしてもエンドピオは構わなかった。このか弱い女の子を守ってあげたい――否、自分の胸に抱きたいとそう思ったから。
「罪なんて、ない。……君を諦め切れない僕の方が罪人に違いないさ」
口づけを落とした。
途端に己の心音が大きくなり、頬が異様なほどの熱を帯びる。
ああ、驚きに見開かれるその瞳はとても美しい。優美な誘惑を抑え切れず、さらに何度か唇を押し当てる。
「こ、これは……?」
「ごめん。どうやら僕は君なしじゃ生きていけないらしい。――モーリス、愛してる」
彼女が本当に女性に恋をする体質だとすれば、エンドピオのことなどどうでもいいのかも知れない。
それでも彼女に受け入れてほしいと思うのは、傲慢なのか。彼女のあり方を捻じ曲げるのは罪だとわかっていても。
「僕の妻になってほしい」
モーリス侯爵令嬢がほんの少し、頬を赤らめたのが見えた。
今のエンドピオにはそれだけで充分すぎるほど充分だった。




