幸せになりたかった
「どうして……どうしてですかセミス城。どうしてそんな」
モーリスは机に突っ伏し、涙を流していた。
彼女はフラれたのだ。バート殿下の方がいいと言われ、失恋した。
いっそのこと突き放してくれれば良かった。なのにセミス・ガーバル公爵令嬢は、モーリスのことを友達だと思っていると。
「どうせなら雑縁されれば、諦めもつきましたのに……。わたくしは、どうすれば」
幸せになりたかった。
モーリスの願いはただ一つ。己の愛する人と生き、笑い、そして共に最期を迎える。そんな幸せな人生が送りたかっただけなのだ。
しかしもうどうしようもない。
エンドピオとの婚約は解消し、セミス嬢にはフラれてしまった。
きっとどこか知らない家に嫁がされるに違いなかった。でもそんなのは嫌だ。
「それくらいなら……死んだ方がマシです」
相手がどれほどの優良物件であれ、愛のない人生は歩みたくない。
愛を失ったモーリスにとって、もはや生きる意味などないも同然だった。このまま命を絶とうかと考えたその時のこと。
背中をぎゅっと、誰かに抱きしめられた。
「ひぃっ」突然のことに思わず悲鳴を上げ、振り返る。
するとそこには一人の少年がモーリスに身を寄せて立っていた。
「え、エンド……ピオ?」
驚きに涙が止まる。
震える声での問いかけに、彼は頷いた。
「すまない、何もできなくて。僕も兄様と一緒で君の様子を見ていたんだ。セミス公爵令嬢の言葉も全部、聞いていた」
突如として現れたかに見えた彼は、しかしどこかに潜んでいたのだろう。
考えてみれば当然だった。モーリスが今日ここへ彼女を招くことを知っていたのだから、心配してこっそり見ていたのだろう。
そして案の定、フラれたというわけだ。
「エンドピオは……こうなることを、わかって?」
「ああ。セミス・ガーバル公爵令嬢がずっと前から兄様のことを慕っていたのは知っていたから」
耳元で囁かれるエンドピオの言葉に、モーリスは目を丸くする。
彼はそれを知っていて、自分に協力すると言ったのか。その真意がわからず彼女は戸惑った。
「君を幸せにしてあげたかったんだ。ただ、それだけだ」
「わたくしは侯爵家の長女でありながら、叶わぬ恋などに身を委ね、あなたとの婚約解消……いいえ、婚約破棄を迫ってしまったのです。元々幸せへの道なんて、なかったのですね……」
モーリスは理想を現実にできると勘違いしたのだ。
あの輝かしい令嬢が、自分を好きになってくれると信じていた。しかしそんなはずはなかった。セミス嬢はモーリスのように、同性を愛する人ではなかったのだから。
「やはり、女に恋するのは罪なことだったということ。わたくしは諦めて、修道女になります。
エンドピオ、いいえ第三王子殿下、わたくしなどのわがままに付き合わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。これからはどうぞわたくしのことなど忘れ、思いのままにお過ごしください」
身を引いて、自分の罪を償う。
モーリスはそう決心した。幸せになるなど自分の身ではあまりにも届かない願いだった。貴族令嬢としての道を踏み外した自分に、未来はない。
そう決めたのに――。
「罪なんて、ない。……君を諦め切れない僕の方が罪人に違いないさ」
頬に口づけを落とされたモーリスは、唖然となるしかなかった。




