51 親方、地面に女の子が!
ヒロインはそうそう空から降って来ません。
世に出せないものを作り出してしまってから二日後。やらかした直後は脱力感がこれでもかという感じだったが、良く考えれば元々売れなかった物が別の売れない物に変わっただけだし、既に重大な秘密を三つ四つ抱えているのだから、秘密がもう一つ増えたからと言って大して変わりないことに気付いた。魔道具に関しては〝作らなければ絶対バレない〟という簡単かつ究極の解決法があるので、他の案件に比べれば気楽ですらある。
立ち直りと言うか開き直った昨日は狩猟も調子良く、二頭身イノシシ二頭という理想的な結果で喜んでいたのだが、良いことは続いてくれなかったようだ。
早朝、宿を出て僅か三フタヤ弱、約五メートルの所にトラブルの種は落ちていた。
落ちていたという表現が適切かは議論の余地があるだろうが、印象としては「落っこちていた」のだから仕方ない。
「もしもし、お姉さん、いろんな意味で危ないですよ?」
人が俯せに横たわっていたのだ。
「呼吸はしてるみたいだけど、呼び掛けても返事がない。外傷はなさそうだけど意識もない。救急車は一一〇だっけ一一九だっけ……ってこの世界にはそもそも電話自体がないんだった。えっと、ユイナさーん!」
敷地外ではあるが、ほんの五メートル、それも壁沿いだ。宿の人を呼んでも問題はないだろう。
「エージか。どうした、そんなに慌てて」
返事があったのはユイナさんではなくガナシュさんだったが、こだわっている場合ではない。
「人が倒れている。来てくれ」
「なんだって? ……おう、こいつか。嬢ちゃんどうした?」
「あーストップ! ガナシュさん、迂闊に触らない方がいいです」
「緊急時に妙なことを言い出したな」
「この人は女性のようです。体に触れたり衣服に手をかけたりすると、猥褻目的で触られたと訴えられる危険があります。そんなことになったら宿が潰れます」
現代日本の知識を持つ男性なら当然の対応だ。AEDを使うために服をめくろうとしたら阻止されたという、誰も得しない話もある。
「それはさすがに考え過ぎじゃないか?」
「じゃあ聞きますけど、ユイナさんが倒れていると聞いて駆け付けた時、見知らぬ男が体に触れていたり、よしんばどこかに連れて行こうとしていたらどうしますか?」
「そんなの問答無用で殴り倒すに決まってんじゃねーか」
「そういうことです。俺は殴られたくない」
「あ……あー。なるほど理解した。じゃあどうする」
「まずは女性であるユイナさんをここに呼んでください。本当は第三者の方がいいんですが、そこまで悠長にしてる場合じゃなさそうですし」
ユイナさんもすぐに駆け付けてくれた。
「えっと、どうしましょう?」
「まずはユイナさんが揺すったり軽く叩いたりして、意識が戻らないか確認してください」
「どうしましたかー、ここは寝る場所じゃありませんよー。うーん、反応ありませんね」
「町によっては診療所とか救急隊とかがあると聞いたんですが、ラミスクには?」
「この町にはないな。運ぶとしたら神殿だが、連れてっても祈られるだけで治療はしてくれない」
「えー? こういうのこそ宗教の見せ場で、聖女が治癒魔法とか使うんじゃないの?」
思わず声に出してしまった。俺の知ってるお話と違う。ここの宗教、しょぼっ!
「あー、神官だからと言って魔法が使えるとは限らんし、使えたとしてもそういうのは貴族とか普段からお布施をしている商人とかだけのサービスだ。庶民は相手にしてくれない」
先ほどの発言を訂正する。ここの宗教、せこっ! てか、ひどっ! 救世教という名前の宗教らしいが、名前と合ってないぞ。求銭教とでも改名しやがれ!
「参ったな……仕方ない。ガナシュさん、このままにはしておけないんで、この人を俺の部屋に運んでください。ユイナさんがついてれば騒ぎにはならないでしょう。ユイナさん、この人が目を覚ますまで、時々見といてもらえますか。金貨を置いていくので、必要そうなら医者なり薬なりを手配してください。あとこの人、空腹だと思うので食事代に使ってもいいです。俺はここにいても何の役にも立たないんで、その金貨分を回収するために、いつも通り狩りをして来ます」
「部屋まで運ぶくらいは頼まれてやるが、戻って来てもこのままだったらどうするんだ?」
「さすがにないと思いますが、もし夜までに意識が戻らなかったら、俺は別の部屋に移ればいいんじゃないですかね。見知らぬ女性と同室って訳にいきませんし」
「それはお人よし過ぎるだろ。わざわざ助けて治療までしたとなれば一晩を共にするくらい……いや何でもない」
ガナシュさんが口籠った。無理もない、刺し殺されそうな視線が飛んでいる。
「あのーユイナさん? ゴミを見るような目をガナシュさんに向けるのはやめてあげてください」
「いや、女性として看過できませんし、何より宿の信用に関わるので。ましてやそれが宿の主人なら致命的です」
「ガナシュさん、この宿は家族以外の男女同室は原則禁止じゃありませんでしたっけ?」
「あ、ああ、そういう決まりだ。ごほん、冗談だ冗談。そんな訳で、見ず知らずの他人をわざわざ助けてやるのもどうかと思うけどな。こっちも商売だからタダで一部屋潰されちゃ困るし、それなら相部屋の方が経営的には有り難いってのも事実だが」
「そのへんはまた夕方になってから考えましょう。運び込むのが先です」
「分かったよ。ユイナ、一緒に来てくれ」
「当然です。変なことをしたら分かってますね?」
「だから冗談だってばよ」
いろんな意味で心配になったので、行き倒れの女性がベッドに寝かされるまでは俺も見届けることにした。
改めて見るが、やはり外傷はなさそうだ。綺麗な銀灰色のショートボブと、頭頂部から伸びる同じ色の長い耳。兎の獣人のようだ。背丈はこの世界としてはかなり小さい部類だし、顔にはまだあどけなさが残っているので、おそらく今の俺と同じくらいの年齢だろう。木製の簡素な防具を身に付け、弓矢と短剣を持っているものの、肉づきは貧弱でまともに戦えそうにはない。
「この人の知り合いとか心当たりありますか?」
「ないな」
「ありません」
「ですよね。じゃ、夕方までよろしくお願いします」
出来る限りのことはしたので、俺は俺でしっかり稼いで来よう。




