50 魔道具を開発しよう
その翌日。朝から雨が強く降っていたので、久しぶりに狩りを休むことにした。スタンピード前後の収入減や支出増は結構大きく、金銭的にはもう少し稼ぎ直しておきたいのだが、この天気では獲物も出て来ないだろう。バタバタやゴタゴタが続いて気疲れしていたこともあり、休めという天の啓示だと割り切った。
時間があったらやりたいことを思いついていたので、この機会に宿の部屋で試してみようと思ったのも大きな理由である。
前から思っていたのだ。
ここは剣と魔法の世界なのに、あれがない。
そして、最近気付いたのだ。
魔法を使うと対象が光ることが多いのだが、その光に紋様が浮き出ていることを。
そこに駄目押しがあった。
対スタンピード戦で魔石やドロップを大量に得たが、そのまま売ると足がつく。
まず紋様。普通なら単なる魔法のエフェクトにしか見えないのだろうが、俺はその紋様に規則性があることに気付いた。というか、はっきり言えば記号の組み合わせだ。俺は異世界言語翻訳の魔法をほぼ常時使っているが、記号も広い意味では文字と見做されたらしく、それを「読めた」。便宜上、この紋様のことは精霊言語と呼んでいる。
そして大量のドロップ。ごく少量であれば誤魔化して売却出来るかも知れないが、それとて「スタンピードの跡地に残されていたものを拾った」という言い訳が通じる期間に限られる。売り切ることは困難というかほぼ不可能だ。
その二つを前からの疑問で接続した。ドロップと紋様を組み合わせて加工したら、あれが作れるんじゃないか。既に魔力ジュースは作っているから、全く作れない訳ではないはずだ。
「さて、あれにもいろんな種類があるけど、何を作ったものかな……」
まずはゴブリンナイフをどうにかしてみよう。投げナイフにするつもりで拾ったが、とにかく数が多いので使い切れない。無駄遣いするつもりもないが大切にする気にもならない、まあ失敗しても惜しくない素材として選んだ。尊い研究の犠牲になってくれ。
ナイフを加工するとして、どんなナイフなら欲しくなるだろうか。暫く考えながら軽く素振りなどをしていたら、とある切れ味が鋭いナイフの記憶が浮かんで来た。よし、あれを作ってみよう。
まず柄から刃を外す。次に柄を左右二つに割り、その切断面に精霊言語を書き込む。どうなって欲しいかとそのためにどうするか、そしてその過程でイレギュラーな事象が起こった時にどうしたいかを事細かに記して行く。前世でプログラムを書いていた時のことを思い出すな。
書き込みが終わったら、それに魔力をかけて定着させた後、切断面を接着して元に戻す。外見は二つに割ったことすら分からないように、そして接着面は元より頑丈に。なぜこんな手の込んだことをするかといえば、外側に書くと汚れたり消えたりしてしまうのでそうならない場所に書きたいのと、書き写されると簡単に模倣品が作れてしまうためである。
次にグリップエンドに小さな穴を彫り、そこに魔石を嵌め込む。試作品なので一番小さなスライムのでも十分だろう。最後に刃を柄に戻す。これでひとまず完成だ……期待通りのことが起こればだが。
設計通りに稼働するか、早速テストを始める。何かを開発したり改良したりする時は、小さな単位で素早くテストを繰り返してフィードバックするのが有効だ、と前世の上司が言っていた。もっとも今回は最初の試作なので、とりあえず動きさえすれば十分な成功だ。
「記念すべき初実験! 動け動け動け、動いてよ!」
敢えて大袈裟にそんなことを言ってから、これまた大袈裟に顔の前で水平に構え、刃の背を持って柄の方に押し込むと、微かな振動が手に伝わって来た。ダークラクーンの皮を取り出して当ててみると、抵抗なく綺麗に切れる。
逆に刃を柄から引き抜くように引っ張ると、機能が止まった。ダークラクーンの皮は力を入れないと切れないし、切り口もガタガタだ。
「……やった。成功だ」
この世界に魔道具が生まれた瞬間である。しかもそれを作り出したのは俺だ。密かに、しかし大きな喜びが込み上げて来る。今までの〝良く分からないけど魔法で出来た〟とは違い、自分の手で作り上げたという手応えがある。
まあ完成品自体は、地球でなら良く知られているものなのだが。いわゆる超音波振動ナイフ。魔石から供給される魔力によって細かく振動し、それによって切れ味を増した刃物だ。異世界転移のお話では、敵の装備を容易く切り裂くチート武器として登場することもあるが、多くの人には某アニメの人型兵器が使っていたことでお馴染みだろう。
「この世界では新しい物だから名前が必要かな。これはプログ……アグレッシブナイフだ」
地球での名前をそのまま付けるのは躊躇われた。いくらなんでも異世界にまでクレームをつけには来ないと思うが、オリジナルを押し退けてパチモノが本来の名前を掠め取るのは、どう考えても良くないだろう。
これはひとまず完成だ。他のゴブリンナイフと見分けがつくよう柄を鴇色に塗り、〝栄二作、アグレッシブナイフ試作初号〟と書きつけてから袋にしまう。
今回は素体がゴブリンナイフだったが、ちゃんとした刃物で作れば切れ味や耐久性の改善を見込める。逆に、この世界に毎秒二万回以上の振動はオーバースペックなように思う。振動数を減らせばその分だけ魔石も長持ちするはずだ。売り物にするなら調整した方がいいかもな。
調子に乗って次は何を作ろうか考え始めた所で、ケイが割り込んで来た。
「喜んでる所に悪いけど、これ売るつもり? やめた方がいいわよ」
「え、何で?」
「こんな珍しくて便利な物、普通に商品にしたら大騒ぎよ。まず二日もしたらどこかの商会が嗅ぎつけて、うちに独占させろと押し掛けて来るわよ」
「げっ」
「その次は貴族が出て来るわ。商人を押し退けて独占契約を迫って来たり、作り方を教えろと言って来たりして、それを断ると権力を使って嫌がらせをして来るわね」
「うわあ」
「最悪どこかに拉致監禁されて、地下牢でひたすら魔道具を作らされるだけの人生に」
「分かりました、売りません」
「一本二本なら拾ったと強弁も出来るでしょうけど、作れるってことは黙っておくしかないわね。それらに負けない後ろ盾があるならともかく」
「まじかよ……」
ドロップ品をうまく売り捌く方法として考え始めたにも関わらず、逆効果になってしまったことを知らされ、俺はその日の夕食までの間、頭を抱えながらベッドの上でのたうち回ることしか出来なかった。
余談だが、栄二が念入りに施していた模造品対策はあまり意味がない。そんなことをせずとも他の人には作れないのだ。望む事象を精霊言語に翻訳して紋様を正確に書く知識、それを狭い面積に細かく書き込む生活魔法適性、書いたものを素体にきっちり定着させる強い魔力、いずれも栄二しか持ち合わせていない能力だろう。もし奇跡的に他に作れる人がいたとしても、どうせ数人では製造が到底追いつかないから、魔道具の希少性は揺らがない。
むしろ栄二の今後に〝魔道具をひたすら作らされるだけの、忙しくつまらない人生〟というバッドルートが追加されてしまったとも言える。
お気付きの方もいるでしょうが、精霊言語の書き込み作業は魔力回路のそれと本質的に同じで、書く内容が異なるだけです。栄二が魔力回路を模写したのと同様、紋様自体は見れば真似できるのですが、能力に大きな差があるので、栄二が多少なりとも本気を出して作ったものはほぼ複製不能です。
余談ですが、超音波ナイフの色をトキ色にしたのには理由があります。超音波ナイフ→生身で超音波を発声する声優さんがいる→その人が某獣アニメでトキの役をしていた→超音波と言えば朱鷺、という連想でした。




