49 現状の確認
※本話において他作品の設定に疑問を呈するような描写がありますが、「この作品の世界観と他作品のそれとは異なる」ことを示すためのものであり、他作品について批判又は揶揄するような意図はありません。……ありませんよ?(言えば言うほどドツボ)
ピエールさんと話をした日の午後。俺は沢の下流で放水をしていた。
スタンピードの関係で森に入る人が減った期間があるせいか、猪が増えているらしく遭遇率が上がっているため、前よりも早い時間に狩りが終わることが増えた。その時間を使って、ある実験をしている。
「うーん、十トンまでは確認出来たけど、これ以上は飽きるな……」
「魔力切れじゃなくて、飽きたから終わりなの!?」
ケイが魂の抜けかかった顔をしている。
何をしているかと言えば、魔力上限の確認である。魔法をどのくらい使ったら魔力切れを起こすのか調べたかったのだが、放流した水はもう十トンを超えているというのに、魔力が切れそうな兆しすらない。
十トンはここの単位だと十万グタリ。一般的な魔法使いは一日で千グタリ程度だそうなので、その百倍になる。更にこの時点で魔力消費が四分の一にも届いていないこと、いつもの六倍杖を持たずに魔法を使ったことを考えると、そこらの魔法使いの約二千五百人分の魔力は最低あることになる。実際にはもっとありそうだ。
ピエールさんが廃屋まで調べに行く原因となった、枯れ井戸噴出事故の時の水量が三千グタリ、約三百リットルだという。今回の試験はその三十倍以上の水を出しているので、またピエールさんが泡を食って調べに来るのだろうか。毎度毎度、魔力を水量で換算するのも芸がないのだが、定量的に測ろうとすると火や風の量を測定して数値に直すのは難しく、簡便かつそこそこ正確に計量出来る水はとても都合が良いのだ。ゲームみたいに魔力値が設定されていてそれが見えたりはしないので、このような形で計測する他ない。
そう、そもそもは能力が数値で見えないから、こんな無駄で迂遠なことをしているのだ。とは言えそれを不満には思わない。もともと地球ではステータスやパラメータが数値化されたりしていないので、それは普通のことである。ゲームをプレイしていたらその世界に飛ばされました、という世界なら、ステータスウインドウやスキルが可視化されてもおかしくないが、俺の場合はそうではない。
だいたい、能力が上回っているだけで勝てるなんてことの方が感覚に合わない。戦闘の勝敗において強さの数値がどれだけあてにならないか、少年漫画で散々見ている。それに経験値一のモンスター千匹と経験値千のモンスター一匹で得られる経験が同じかと言えばそんな訳がないだろうし、転職した瞬間に筋力や敏捷度が変化したり魔法を忘れたりするなんてことも現実には有り得ない。ステータスシステムはゲーム又はそれに準ずる世界の中だけに存在するものと考えるべきだ。
話が逸れた。魔力量の測定である。
実はスタンピードの前に、魔物二万匹を相手にどのくらい戦えるのか、大量の氷を作ったりそれを火で溶かしたり、無駄に暴風を出してそれを壁で止めてみたりして調査している。その時も限界は見えないままだったが、確認できた範囲だけでも最大効率なら一万匹は固いという計算が立ち、だからこそ戦う気になった。スタンピードの後も町に戻るまでの間、人目に付かず小ボスも出ない場所なことを利用して実験を継続し、最近ではそれが習慣になりつつある。
巨大杖に三十倍回路がつくというミラクルヒットに助けられたものの、スタンピードでの結果だけ見れば、予想以上の数を倒してなお後片付けの魔力まで残っていたのだから、魔力の総量に関してはもう測定を諦めて〝実用上はほぼ無限〟でも構わないかも知れない。未練がましく今日も測定を試みたが、どこまで使っても消耗した気配すら感じないのだ。
「遠慮なく二時間以上飛ばしまくったスタンピードの時に切れなかったんだから、隙間時間で周囲に見つからないよう気を付けながら使う魔法程度じゃどうにもならないんじゃない?」
ケイよ忠告ありがとう。多分その通りだ。あの時はさすがに最後の方だとかなり疲労していたのだが、殆ど気を抜けない戦闘を長時間していたのだから、魔力に関係なく疲労はするはずで、それが果たして魔力切れの兆候だったのか、或いは単なる疲れだったのかが検証出来ていない。そしておそらく今後も無理なように思う。
もう一つ試しているのは、生活魔法の柔軟度だ。
ケイに教わった通り、魔法はイメージが重要だ。発動結果が同じ魔法でも、イメージが具体的なら魔力の消費が少ない。実のところ最大魔力が大きいため、よっぽどでなければ消費の多寡を直接感じることは今までなかったのだが、消費が少ない魔法はイコール規模の小さな魔法なので発動までのタイムラグが短く、こっちの時間差なら俺も体感出来る。
ではイメージが漠然としていたらどうなるか。当然その逆になる。魔力の消費は増えるし、発動までの時間も長くなる。そして予期しない副作用が発生することもある。イメージが曖昧なら結果も曖昧ということだ。
勿論それはデメリットなのだが、一方的に悪いことばかりではない。代償となる魔力こそ大きいものの、たとえ自分がイメージ出来ないことでも、多大な魔力を捧げれば実現可能という意味でもあるからだ。例を挙げると、この世界で治癒魔法は魔力消費が特に激しい魔法とされている。そういうものだと思われているようだが、俺には理由が分かる。医学が発達していないため、怪我を治すのに必要な人体の構造の知識がないし、病気を治すのに必要な雑菌やウイルスの知識も、そして栄養素や内臓疾患の知識もない。イメージもへったくれもない状態で治癒を願えば、願われた精霊さんも困るだろう。精霊さんのお仕事が増えれば発動に手間もかかるし、精霊さんが多く働いた分だけ沢山の魔力を要求してくるのも当然だ。その代わりに術者は、自分が解決法を知らないことでも魔法(≒精霊さんの力)で解決出来るという利益を得られる。
とは言え、もっと根本的な部分で、具体的にイメージするだけでは無理な部分もあるようだ。どんなにイメージしても、たとえば瞬間移動の魔法は成功しなかった。
恐らく、イメージがそれなりに正確である必要があるのだろうと推測している。地球において瞬間移動を成功させた人はいないし、そもそも理論も知られていないから、俺も瞬間移動の理屈はイメージ出来なかった。イメージ出来なかったり、したとしても理屈が間違っていたりしたら、正しい結果を導き出せないので失敗になるのではないかというのが現状での考察結果だ。
そこまで極端ではなくても、イメージが曖昧過ぎると失敗することが多い。確率ではなく、ダメなものは何度やってみてもダメなので、何か基準があるようだ。具体例を挙げると、鉄と護謨と硝子で自動車を作ろうとしたのは無理だった。俺はメカニックではないので、自動車の具体的な構造を十分にイメージし切れない。一定以上に複雑なものは精霊さんに通じないらしく、俺の魔力をもってしてもダメなようだ。この世界に来る時に失ったスマートフォンを作ろうとしたのも失敗したが、あれは俺が原理を理解していない部品が多数搭載されているものなので、これもイメージが決定的に足りなかったものと思われる。異世界なのになぜかスマートフォンが使えるなんてのは、ステータスを見たいというのと同程度には夢のまた夢みたいだ。別の世界には別の原理や法則があるのだろうけど、少なくとも今ここにいる俺には。
つまり〝魔力さえあれば魔法で何でも出来る〟などというお気楽なことは全くなく、最低限の原理は理解していないと精霊さんもお手上げらしい。理屈が分からなくても成功するものも稀にあるが、精霊さんが偶然知っていたから何とかしてくれたということらしい。工業製品の製造は全滅に近く失敗した一方、岩を砕くとかの単純なものや動植物を成長させるといった自然現象はその多くが成功したので、そう推測している。
また、何かを作るにあたって材料は必ずしも全て揃えなくても良いようだが、揃えれば揃えるほど効率が格段に良くなる。これも推測になってしまうが、精霊さんは多大な労力をかけて足りない材料を調達してくれるのだろう。そこが省略されれば手間が大幅に減るというのは、とても直感的な話だ。
〝自分がイメージ出来なくても精霊さんが知っていれば実現可能〟〝入手困難な材料でも大量の魔力で精霊さんにお願いすれば何とかなる〟という特性は、一定の条件下において大きな力となるはずだ。具体的な用法は既に思い浮かんでいて、それはここで暮らし続けるにあたって快適度の革命的な改善を齎してくれるに違いない。
ただ、やりたいことは決まっているのだが、それには準備が必要なので、実際に行うのはもう少し後になる。
……そう思っていたのだけれど、実際には一週間もしないうちに前倒しで実行する羽目になるのだった。
タイミング良く質問があったのでこちらに。
「物理法則ではない概念、たとえば時間を止める魔法は可能か」にお答えします。
栄二は既に三次元空間の物体を操作でき、四次元目(時間)もたぶん操作可能です。生活において時間が関係する事象、たとえば待ち合わせに遅刻しそうという話なら「生活魔法・走れメロス」は発動するでしょう。
しかし直接的に時間を止める方法は地球で発明されていないため、栄二はそれを精霊さんに伝わる形でイメージできません。また時間だけを操作しても物理法則は変わりません。時間の進みを1/100にすれば空気の粘性が100の二乗で1万倍になり、呼吸できず窒息します。
よって総合的な回答としては「可能性はあるが今の栄二には無理」となります。異世界ものでよくある時間停止の収納も、この物語には登場してくれなさそうです。
余談ですが、イメージに具体性と実現性が必要という条件は裏目に出る場合もあります。感情的な「生命活動を停止しろ」には具体性がありませんが、婉曲表現のつもりで「餅が喉に詰まっちゃえ」と言い換えたら、具体性はむしろ増し魔法として発動しやすくなります。それに気付く時は恐らく手遅れ(餅が詰まった後)なのですが、栄二が気付くことはあるのでしょうか。




