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48 ピエールさんに目眩し

4章開始です。

 あのスタンピードから二週間が経った。時々確認しないと間違えそうになるが、この世界の一週間は五日だ。

 奇跡的な防衛成功の報が避難先まで届き、住民の多くは既にラミスクに戻って来ている。残る人達も数日中には戻って来るだろう。町は概ね元の賑わいを取り戻した所だ。ごく一部、謎の魔族を気にしている人もいるようだが、その魔族はスタンピードの討伐に大いに貢献したらしいから、悪い人ではないはずだ。うん、そのはずだ。

 俺も何だかんだで数日は野営で過ごしていた。スタンピードが討伐されたことを俺だけ知っているのは不自然なので、誰かから知らされるまでは知らないふりをして避難を続けている必要があったのだ。それにガナシュさんの宿が営業を再開していないのなら、無理に戻った所で意味が半減する。幸いガナシュさん達やギルドの職員さん達は第一陣で帰って来てくれたので、俺も早々に町へ戻れた。

 やはり野営は心身共にかなり疲れる。肉は狩りで調達出来るとはいえ調味料や乾燥野菜は減って行くし、それを買い直すお金を稼げている訳でもない。何より町の外は安全ではなく、モンスターがいつ襲って来るか分からない。自称夜行性のケイに見張りを頼むことで睡眠時間だけは確保したが、いざという時には起きなければならないので熟睡は出来ない。今が冬ではなく、屋外で寝ててもそれほど寒くないことだけは不幸中の幸いだったと言えるだろう。


 漸く元に戻りつつある町に、あの人も戻って来ていた。

「ピエールさん、お久し振りです」

「こんにちは、エージ君」

「今度の調査は何ですか?」

「分かってて聞いてるよね? もう町の人も知ってるみたいだから言うけど、魔族を目撃したって話を耳にしたから慌てて戻って来たんだよ」

「本当にいたんですね。びっくりしました」

 前回ピエールさんに会って以降に、(南の森で別口の)魔族に遭遇し、(嘘から出た真に)びっくりした。嘘は何も言っていない。


「で、その魔族は見つかりましたか?」

「いや、行方は知れていない。火の魔族は空を飛び去り、土の魔族は森の中に隠れたという目撃情報があるのみだ」

 火の魔族はフィーレさんのことだと思うんだが、だとすると土の魔族は俺のことか。確かに立体迷路あたりは土っぽいんだろうが、そんな名前をつけられているとは知らなかった。まあ魔族と思われているなら偽装は成功か。

「その魔族、どうやって探すんですか?」

「いや探さない。あいつら逃げ足が速くてさ、二日もしたらいなくなっちまうんだ。この近辺にはもういないだろうよ」

 それ、単に研究所がウザがられているだけだと思いますが。根拠(ソース)はフィーレさん。

「そうなんですか。難しいんですね」

「だからまずは現地の調査をと思うんだが、エージ君は何か知らないかい?」

「俺も噂以上のことは何も。その時は避難途中で、道まで音が聞こえて来てましたけど、見えるほど近付くような命知らずじゃないんで」

 こっちは完全に嘘です。近付くどころか思いっきり戦ってました。その魔族らしき人の片方は変装した俺だし。

 それがバレないようにいろいろ細工はしているのだけれど、これで大丈夫なのかは自信がない。


「そうだ、気になる情報があります。魔族は二人目撃されてるようですけど、見えたのが二人ってだけで、実はもっといたんじゃないかって説が出てるみたいです。遠くから斥候が見た情報だけなので死角にいたら見えませんし、火と土だけじゃなく風とか雷とかの魔法も確認されてますし、二人のうち片方は武器なしで魔法を撃ってたらしいんで、いくら魔族でもあの規模の魔法をあれだけ撃ち続けられるはずがないだろうって」

 不安なので、せっかくだからこの機に怪情報を吹き込んでおくことを思いついた。結果を撹乱する所までは期待しないが、調査を手間取らせたり、報告書の書き方を悩ませたりする遅延効果くらいはあるだろう。

 二人じゃ魔力不足というのは普通ならその通りだ。魔力ジュースの用意があったから何とかなったものの、そうでなかったら危なかった。そして偶然にもフィーレさんの残留魔力には、武器なし等倍のものと俺のスタッフを使った六倍のものが混ざっている。なまじ見分けられるピエールさんなら三人以上説に引っ掛かってくれるかも知れない。それ以前に研究所の人は、属性魔法に囚われ過ぎているのか、俺の生活魔法が複数の属性に見えているようだし。

「むむむ。二人の他にもいたというのは初耳だが、大きな風魔法は聞いている。言われてみれば十分に有り得る話だな。魔族は魔力こそ強いが複数属性持ちは殆どいないから、属性が多数あるならそれなりの集団だった可能性は高い。貴重な情報をありがとう」

「いや、俺も又聞きですから。こんな噂で良ければ幾らでも」


 この言い方も限りなく嘘に近い。火や土に限らず様々な種類の魔法が目撃されていたり、斥候が遠くから見ただけの情報なので確度が低いことは、実際に町中で出回っている情報だ。だが、もっと魔族がいたのではという部分は〝何も知らない(ことになっている)俺が噂話を元に勝手に推測した〟だけで何の根拠もないし、もっと言えば町中で得られた情報ですらない。そして当然ながら俺はその推測が間違っているのを承知の上でピエールさんに吹き込んでいる。その方が俺にとって都合が良いからだ。推測のロジック自体は簡単だし素直なので、ひょっとしたら同じ推測をした町民がいるかも知れないが、それを実際に噂として聞いたことはないから、これは伝聞ではなく俺のオリジナル理論に留まる。ネット百科事典なら速攻で独自研究とか要出典とかのタグを付けられてしまうだろう。だがそれを実際に流通している目撃情報と混ぜて伝えることで、どちらも町の噂として存在しているかのように誘導をかけたのだ。

 情報操作をする側になってみると結構こわいものだと実感する。今回は自分がやる側だったし、命に関わるのでやらざるを得なかったが、安易にやるべきではないな。可能な限り嘘をつかず事実を述べるようにはしているのだが、もっと大きな嘘を他でついているから、ここだけ頑張っても今更ではあるのだが。


「じゃ、早速調査に行って来るよ」

「行ってらっしゃい。もし魔族に遭遇したら逃げ帰ってくださいよ」

「そうしたいのはやまやまだけど、仕事だから難しいかなあ……」

「あはは。ご無事をお祈りしてます」


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