47 閑話・大物は最後に
スタンピードの発生が更に早まりそうだという情報はラミスクでも広まっていた。ギルド職員も避難が終わっているので抑え役がおらず、逃げ遅れた町民は半ばパニックを起こしている。
一方、防壁の上には魔物を待ち構えている数十人の集団がいた。ある者は悲壮な表情で、ある者は武者震いをしながら、そしてある者は泰然と。
「重ねてのお願いです。全員避難のご命令は子爵様ご自身にも及びます、お逃げ下さい」
「領主と船長は自分が預かった場所に最後まで責任を持たなければならない。お主こそ逃げなくていいのか」
「魔物を前にしてギルドマスターが逃げたりしたら、二度と冒険者に信用されません」
「死んだら信用も何もないだろう。意地っ張りめが」
「お互い様です。私はさておき、ここに残っている者たちまで死地に送るつもりはありませんでしたが」
「何を言ってんでいマスター、冒険者ってのはそういう役回りよ。おう皆、他の町人が避難し終わるまで、何としてでも魔物を町に入れさせないぞ!」
勝利条件は非戦闘員の脱出完了まで魔物を足止めしておくこと。あと三十分ほどで避難は終わるだろう。そしてスタンピード発生予想時刻も約三十分後だ。それだけを見ればとても低い目標との評価も出来るが、そもそもが魔物二万匹に対して戦力は五十人といったところ。物量を以て突っ込まれたら多分一瞬で終わる。自分達の生還や町の施設保全が可能だとは、この場にいる誰も思っていなかった。
「報告! スタンピード始まりました! それと同時に洞窟方面で大きな火が上がりました!」
「火? 魔物が魔法を無駄撃ちしてるのか? それともブレスを吹くような魔物が?」
「いえ、スタンピードに向かって魔法を撃ち込んでいる者がいるようです。遠くなので詳細は確認出来ません」
「わかった、引き続き監視を頼む」
「報告! 洞窟前の平原に地形の変化を確認! 魔物の侵攻を遅らせる壁のようです!」
「報告! 空を飛ぶ魔物が片っ端から墜落して行きます! 理由は不明!」
「報告! 町内の非戦闘員、全員の脱出が完了しました!」
「報告! 魔物の第一陣がこちらに向かっています! ゴブリン、コボルト、ダークラクーン、各五匹前後!」
「よし、やるぞ。総員迎撃!」
開始から一時間と少し、栄二達の戦闘が佳境に入っていた頃。
「なあ、これってスタンピードだよな? 訓練じゃないよな?」
「どうした、とうとう頭がおかしくなっちまったか?」
「それは昔からだ」
「マスター、自虐ボケしてる場合じゃないっすよ」
「冗談を言える余裕があるってことだ。それって変だろ。スタンピードなんだから、本来なら良くて死に物狂い、悪くて本当に死んでる。何がおかしいって、来る魔物の数とタイミングが不自然過ぎる。ぎりぎり被害なく倒せる程度に加減されてる気がするんだが」
「言われてみれば都合いい感じもするが、偶然じゃないのか?」
「偶然がこんな長時間続くかっての。下級種が十匹から二十匹くらいの小さな集団が来て、それを倒し終わった頃合いを見計らったかのように次の集団が来る。たまにオークの単騎が来たかと思えば、腕を負傷してて俺らでも囲めば倒せる。手強くはないが決して休ませてもくれない。まるで討伐演習みたいだ」
「そうなるように誰かが調整してるとでも?」
「まさかとは思うが、そうする目的がわからないし、本当だとしても誰がやってるのか確認に行く余裕もない」
彼らは戦闘経験豊富な冒険者であり、その経験から導き出された推測はかなり的確だった。その理由について、調節していた側の会話がこちらである。
「ねえエージ君、時々わざと魔物を逃がしてるのは何で? 町を守るんなら全滅させた方がいいんじゃないの?」
「全部わざとじゃなくて、いくらかは本気で突破されてるんですが、それはさておき。町には有志の冒険者が残って防衛してるからです。スタンピードがあったという証拠や証言を多数残しておきたいのが一つ。彼らにも手柄とか戦利品とかがないと戦後処理が難しくなるのが一つ。そして彼らを戦闘で町に釘付けしておくのがもう一つです」
「前の二つはわかったけど、最後の理由は?」
「することを完全になくして暇にしちゃうと、どうしてもこっちを見に来るでしょ? 俺が大魔法を使えることも、そもそも俺がここにいることも、できればフィーレさんの存在すら隠しておきたいので、余計な見物人は一人でも減らしたいんです」
実のところ栄二も、この作戦に完璧を求めてはいなかった。当然だが町から栄二が見えないなら栄二からも町の様子は見えないし、仮に見えたとしても栄二は正面の主戦場を見るのが精一杯で、後ろの町を常時気にすることは不可能だ。町に任せている魔物の数や強さが適正なのかは確認出来ないし、どの程度の負傷者が出ているかも分からない。仮に負傷者の数を正確に見積もれたとしても、回復魔法持ちがどれくらいいるかで戦闘離脱者の数は大幅に上下する。「大体このくらいなら防衛し切れるだろう」でやるしかない。にも関わらず栄二の読みは偶然にも奇跡的なバランスを見せ、冒険者達に余裕も苦痛も与えない適切な量となっていた。この言葉が適切かは微妙だが、結果オーライである。
「魔物第二十九波、撃破! 次の集団はまだ見えません」
「報告! 洞窟方面の火炎や爆発音がなくなりました! こちらに向かう魔物もありません!」
「それは−−スタンピードが終わったと考えていいのか?」
「正直な話、スタンピードを完全討伐する例など聞いたことがないので判断しかねますが、魔物の出現が止まっているので、きっとそうなのでしょう」
「……やったのか?」
「バカ、それは禁句だ!」
「斥候、もっと詳しい状況を!」
「洞窟からの魔物出現は少し前から見られません。周辺は地形が大きく変わっているので調査が必要になるでしょう。あ、現場に向かっている者がいます。先ほどまで炎を放っていたのと同一人物の可能性が高いと思われます。二名、どちらも全身黒の服に黒の帽子で、片方は大きな杖を持っています。……角! 揃いの巻き角! 魔族が洞窟に向かっています!」
「魔族!」
「せっかくスタンピードを乗り切ったのに魔族だなんて!」
「だからフラグ立てんなって言っただろ!」
「俺達やっぱり死ぬんだ!」
「落ち着け! 総員、戦闘態勢を維持。斥候は引き続き監視、動きがあり次第詳細に報告せよ!」
「は! 片方は魔石を回収中。もう片方は……戦闘で荒れた地形を修復しているようです。さすが魔族、あれだけの戦闘の後なのに、地形を操るほどの魔力を残しているとは」
栄二たちが魔石とドロップを回収して工作物を片付け、解散撤収するまでの二時間近く、ラミスクでは無用の緊張が続いたのだった。




