44 後半戦の裏で
更に三十分ほどが経過している。この世界に時計はないし、今日は時報がわりの鐘も鳴らないので更にあやふやだが、太陽の傾きからして開戦から一時間半程度だと思う。こっちの世界に来てからしょっちゅう太陽を確認するようになったので、そう大きくは違っていないはずだ。
新たな魔物の出現はほぼ止まりつつあるので、魔物の勢力は減って行く段階に入った。まだ懸念材料は残るが、漸く目処が立ちつつあると言っていいだろう。せっかく配置した工作物を一気に吹き飛ばす訳にも行かないので、最初にぶちかました以外は威力を調整している。まあ俺の場合、一発の威力を下げればその分だけ手数を増やす余力が出るだけの話で、最終的な時間あたり火力は見た目ほど下がらない。
そう、俺は今、異世界魔術師の憧れとも言える固定砲台と化している。しかも作った杖が大き過ぎて重いため置き台を作ってそこに乗せたので、文字通りの固定砲台状態だ。なるほど自分の魔法で魔物がどんどん倒れて行くのはある種の爽快感がある。昔の映画で、いや原作は小説だったか、マシンガンの乱射が快感だと宣う作品があったが、それがどういう気持ちだったのか実感している。しているのだが−−
「飽きた……」
「早っ!」
ノータイムでケイに突っ込まれた。あれほどフィーレさんに怯えていたのに、それを忘れるほど突っ込まざるを得ない何かがあったようだ。
「仕方ないじゃん。ずっとここに立って、同じ所に向けて魔法を撃ち続けるだけなんだから」
とにかく単調なのだ。ただひたすら、こちらの包囲網を破ろうとしている魔物を見つけては魔法を撃ち込んで行く。サーチアンドデストロイ。目標をセンターに入れてスイッチ。もう条件反射の世界だ。
「エージ君はまだいいわよ、どんな魔法にするか選べるんだから。私は燃やすしかないのよ?」
フィーレさんからも抗議が来た。
「そこは火の一族の誇りを持って欲しい所ですが」
「あうっ。それを言われてしまうと反論し辛いわね……」
「大丈夫ですよ、何もしないで騒ぐだけのケイより役に立ってますから」
「しないんじゃなくて出来ないのよ!」
「それ言い訳になってないから」
だが、この言い合いから思わぬ事態が発覚することとなる。
「あーわかったわかった。ケイ、これに乗れ」
巨大杖はそのままだが、いつも使っているスタッフを地面に置いた。
「は? 何でよ」
「この杖は六倍物だ。お前に背負わせておいてる二倍杖と比べて三倍の効果があるから、計算上は火を十八発撃てるようになるはずだ。半分の九発でいいから撃て」
「何でよ、私の威力と回数じゃ誤差にもならないでしょうに」
「戦況には影響しないだろうが、それをもって全力で戦いに参加したことにしてやる」
「……わかったわよ、お前もそれなりの努力をしろってことね? やれば文句ないのよね? 火、炎、焔、燃、焼、焦、点火、着火、発火! これでいいでしょ」
「よくできました。はい魔力ジュース」
「無駄に用意いいわね。……何これ、少し飲んだだけで本当に魔力が回復する」
「そうなるように作ったからな」
その様子を見ていたフィーレさんが、何か微妙な顔をしている。
「ねえエージ君、その六倍物の杖って何? 魔力の動きが面白かったんだけど」
「え? あ、もしかして魔力回路を知りませんでしたか? 俺も最近知ったんですけど」
俺は休みなく魔法を撃ちながら、フィーレさんに魔力回路の効果を説明した。
「じゃあ私がこのスタッフを持ったら、魔力の消費が六分の一になるってこと!? ちょっと借りるわね!」
フィーレさんは俺のスタッフを素早く引ったくると、早速魔法を数発撃っていた。
「本当だ、魔力の消費がとても少ない。普段は困ってないけど、こういう時には欲しいわね」
「ちょっと! まだボスがいるんですから魔力温存しといて下さい! あとそのスタッフ、俺が普段メインで使ってるやつなんですから、滅多なことしないで下さいよ! 壊したら金貨八枚ですからね!」
「小さいこと言いっこなし。もう少ししたら魔石拾い放題なんだから」
「それとこれとは話が別です。そもそもあんな大量の魔石をどうやって捌くんですか。普通に売ったら完全に足がつきますよ」
「あー、売ったことないから気がつかなかった。それはさておき、このスタッフで金貨八枚なら、その巨大杖はおいくらなのかしら」
「これですか? 見せかけ専用なんで終わったら捨てますけど。まあ薪にはなるんで、売るとしたら銀貨二枚が精々って所でしょうか」
「……ケイちゃん、あれの価値、銀貨二枚ってことある?」
「ないわね。金貨千枚でも足りないというか、お金じゃなく身分とか権利とかじゃないと釣り合わないわ。エージ、その杖に何倍の回路を描いたかしら?」
「えっと、二倍と三倍を一つずつだから六倍だね」
「本当にそれだけ?」
「そのはず……ああ、そう言えば最初に練習で五倍も描いた。でも成功したかは分からない」
「それよ。五倍もちゃんと機能してるわ。六倍の更に五倍だから何倍になるかしら?」
「……げっ! マジで!?」
「マジで」
鼻歌交じりで作った冗談みたいな杖に、逆の意味で冗談みたいな効果がついていた。これでは鍛冶屋や武器屋の面目が丸潰れだ。
魔力回路は好きなだけつけられる訳ではない。描かれる武器の種類や材質、描く時の精密さやそれを焼き付ける魔力等によって限界があり、当然それは武器職人の力量によって変わる。そのため高倍率がついた武器は出回る数が極端に少なくなり、驚くほどの高値で取引される。
高倍率の武器がどれだけ貴重かというと、世界一と言われている品は二十五倍。それは国宝として厳重に保管されており、本当に二十五倍の効果があるのかは未確認だという。効果が確認出来ている範囲だと、ある有名冒険者が持っている十八倍の物が最高らしい。十二倍を超える品になるとお金だけでは買えなくなり、一定の信用がなければ交渉すら出来ない代物になっている……というのが武器屋の店員から聞かされた話だ。規制されていない以上、売主と買主が双方同意すればいいだけの話なので、実際にはもうちょっと緩いのではと考えているが、おいそれと売ってくれなくなることには違いないだろう。
その状況での、この杖である。魔力回路三十倍。それっぽい見た目だけを求めて作った物が、国宝をも上回る唯一無二の強力な武器となってしまった。物理的に目立つのはそのつもりで作ったので何ら問題ないが、価値があり過ぎて目立つのは大変よろしくない。
「フィーレさん、この杖欲しいですか? タダで。何にしても変装してない俺が持ってたらまずい物なんで、これが終わったらどっちみち処分なんですけど」
「魔族が落として行ったのを拾いました、とでも言って領主様か誰かに献上したら? 要らないんなら喜んで貰ってあげるけど、どっちにしても戦闘を終わらせてからね。この六倍のやつを貸しといてくれればすぐ終わるわよ」
魔力回路の倍率限界は、突き詰めると「限られた表面積に細かく描くのが難しい」ことに由来します。大きな杖に大きく描けば材質や描き方が多少悪くても耐えられるので、栄二が練習で描いた回路も成功しました。
むしろ栄二は「生活魔法で精密に描く」「強い魔力で確実に定着させる」ことが可能なので、もし描き込む時間があれば30倍と言わず100倍超えも狙えました。本人は気付いていないのでそれは作られませんでしたが、ケイはミニチュア2倍杖を貰った時(26話)その能力を指摘しています。この能力は後日あることをする際にも役立つのですが、それは次章のお話。




