43 選手交代
戦闘開始から一時間あまり。魔物が出て来る勢いはピークを過ぎたものの、さすがのフィーレさんにも疲れが出てきており、こちらの殲滅速度も当初ほどではなくなっている。結果、戦線は相変わらずだ。相変わらずと言っても均衡を保てている訳ではく、残存魔物数は増えているためそれなりの収容面積は必要で、勢力範囲で見ればこれまで一貫してじりじりと押されている状況である。無理をすれば拮抗に持ち込めるのだろうが、あまり逃がさないことが優先なので、強引に維持するよりはすり抜けを防ぐために少しずつ引くようにしている。戦場はまだ十分な広さを残しているが、どれだけ余裕があるように見えても、ひとたび崩れればあっという間に押し切られてしまう恐れがあるので油断はできない。
「えいっ! ファイアー! アイスクリーム! タイヤ九個! クレーン担当! ジュテーム! マヨネーズ! マヨネーズ! マヨネーズ! マヨネーズ! ……十九連撃、全消し!」
フィーレさんはマジシャンズハイに入っているようだ。アイスクリームから先がどういう魔法なのか、完全に意味不明なのだが、透明でプヨンとした物体が大量に落ちて来て魔物がバタンキュ〜になっているのを見る限り、何かしらの攻撃魔法ではあるようだ。火魔法の要素は実質ファイアーだけ、あとはジュテームを火遊びと考えてギリギリのように思うが、詠唱の詳細を確認するとの〜みそをコネコネされてしまう予感がするので、そういうものだと思い込むことにする。紅葉饅頭を持ってお詫びに行く事態は避けたい。今は緊急事態なので、攻撃が出来ていれば取り敢えず良しとするしかない。
そう言えばマヨネーズか。もはや懐かしい地球の味だ。それだけを食べる中毒患者までいるという魅惑の調味料。作り方自体は俺でもわかるほど簡単なのだが、新鮮な卵が手に入らないので迂闊に作れない。アイスクリームも同様だ。俺、この戦いが終わったら美味しいものを……おっと、この定型文は不吉なものだったっけ。
「火焔! 煉獄! ……ふう、さすがに疲れてきたわね」
「お疲れ様です。魔力ジュースまだありますんで飲んで下さい、息切れ注意です」
「ありがと。……これ、私が作ったのより魔力が濃いわね。で、エージの魔法はこれで全部?」
「魔力はまだ大丈夫ですけど、阻害系の魔法はこんなものですね。やろうと思えばまだ出せますけど、障害物をいくら置いてもいずれ倒さなきゃいけない訳ですし、作り過ぎると後で片付けるのが大変ですし」
壁や堀、池や落とし穴、地球の偉大な発明品である電気柵や有刺鉄線、他にも多数のトラップや障害物を立体迷路の内外に設置した。魔法でどんどん作れるので、自力で設営することを考えれば楽なものだ。それらが魔物の逃げ道を塞いでいる所に二人の魔法が降り注ぐ。更に魔物を囲む位置の頭上に雷雲を配置した。魔物が突っ込んで来るとそこの電気抵抗が下がり、的確に魔物を貫く雷が発生する。落雷の瞬間以外は魔力をあまり消費しない上、追尾等の複雑な機能を必要としないのに命中率が極めて高く、威力も十分で麻痺の追加効果まであるという便利な防衛線だ。
魔物を封じ込める方策は完成した。増える勢いも落ち始めている。ただ、フィーレさんはそろそろ魔力不足だ。ではどうするかと言えば簡単だ。
「アスレチック会場は作り終わったんで、後は俺も攻撃に回ります。フィーレさんは少しペースを落として、魔力を回復させて下さい」
「分かったわ。このジュースがあれば大丈夫だと思うけど、少し楽させて貰うわね」
自分用に作り溜めた魔力入りジュース。魔力を込められて簡単に摂取出来る物なら何でも良いので水でも作れるのだが、それも味気ないのと、どうせ疲れているだろうから甘い物が良いだろうと考え、果汁を数種類用意した。日本ではジュースと表記可能なのは果汁百パーセントのものだけなので、魔力込め加工をしたこれをジュースと呼べるかは微妙なところだが、味はもちろん体積や重さも全く変わっていないのでノーカウントだろう。そもそもこの世界にそんな表示を取り締まる法律はないし、それ以前に果汁を薄めたり混ぜ物をしたりした飲み物という概念が存在していない。香料もなければ砂糖の精製も地球ほどでないため薄めればすぐバレるし、第一それを誤魔化すための混ぜ物の方が高くつくので手間をかけるだけ損となり、誰もやらないのだ。
靴商人の逸話ではないが、やっている人がいないということは商機でもある。飲むと魔力が回復する果汁。誰が見ても元のジュースより高級品だが、この世界にはまだここにあるだけしか存在していない。きっと高く売れ……おっといけない、また考え事をしてしまった。別の事を考えながら魔法を使ったせいで、魔物に何かの液体や銅貨のような金属片が降り注いでいる。思考が魔法のイメージに影響してしまったようで、これは酷い失敗だ。
ひとつ深呼吸して集中し直す。
「生活魔法・飄!」
勿論いつものアレである。名前こそ可愛いものだが、実際に発動するのはアメリカ人も真っ青な巨大竜巻。地上にあったものを片っ端から巻き上げ、その中で魔物と瓦礫が、或いは魔物同士が激しく衝突し、最後に地面に叩き付けられ、そこにあったものを巻き添えにしてクラッシュする。一帯はかなりの惨状となった。
「更に、生活魔法・希薄燃焼!」
竜巻に可燃ガスを薄く混ぜ、そこに着火する。濃度の低い燃料を安定して燃やす技術は地球のエンジンで培われたもので、それはとても綺麗に燃えて竜巻が火炎旋風に早変わりする。これはもう阿鼻叫喚だ。竜巻全体が炎となり、巻き上げられている魔物は回避不能。先に肉片と化していたものは燃え尽き、形を保っていた魔物は酸欠になる。魔物だけでなく瓦礫も燃え、それらの破片は火が着いたまま地上の広範囲にばら撒かれて、地上の広範囲が火の海となった。運良く巻き上げられずにいた魔物までも焼かれて行く。
「あ、作っといた罠まで壊れちゃった……。まあいいか、残ってると後片付けが大変だし」
今の一発で魔物をだいぶ減らした。これまでは押され続けて来たが、ここからは均衡で持って行けるし、あと十五分もすれば押し返しに転じられるだろう。そうなると、これまでせっせと作って来た障害物の数々も、それに合わせた規模にして行きたい。戦線を小さく出来ればそれだけ目が行き届き、魔物に戦線を突破される事態が発生しにくくなる。今のままでもほぼ皆無に抑え込んではいるのだが、何かの拍子に崩れた時に立て直す難易度が大きく変わって来るので、大きいままにしておくのは神経が磨り減る。
ではどうするのが良いか。相手の規模に応じて過剰となった地上設備を減らせれば簡単だ。どうせ戦闘が終わったら全て撤去すべき物なので、不要になったのならどんどん消し飛ばして行く方がむしろ都合が良い。
「壊していいんなら爆発系やっちゃうか。生活魔法・水蒸気爆発!」
熱湯を閉じ込めた岩を生成しそこに火を撃ち込むと、熱湯が気化しその圧力が岩を吹き飛ばす。火と水を同時に使うのはお互いに打ち消し合うものであり、通常やるべきではない。特にこの世界ではそう信じられていた。しかし栄二の地球知識はその上を行く。十分な規模で両方をぶつけると爆発することを知っていた。大きな爆発を得るには工夫が必要だが、硝酸塩などの危険物がなくても水と熱源だけで作れることと、そのため後日の土地再利用に危険がないことが利点である。そして水蒸気の熱は比熱が高いので、一瞬触れただけでも皮膚の奥まで火傷のダメージを与える。
「今の何? ヒュームなのに私より火力があるとか、何度見ても信じられないわね……」
これまでで最速の勢いで魔物が吹き飛んで行く。これなら予定より早く戦線を押し返せそうだ。




