41 避難したとは言っていない
その夜。町を離れた俺は、焚き火を起こして猪肉の香草焼きを作っていた。
南東の街道沿いではなく、東の遺跡近くの岩場で。
隣町へ行く街道からは離れているが、方向として間違っているとまでは断定できず、「適当な野営地を探していたらここまで入り込んでしまった」と言い張れなくもない、ぎりぎりを攻めた道の逸れ方だ。建前など無視しても全く構わないのだが、後々追及された際にどのように言い逃れするかを考えると、いろいろ言い訳の出来る状態にしておいた方がいい。
……つまり、後々言い逃れしなければならないことをするために来たのだ。
肉が焼けるまでの間、明日に向けて準備をしていたのだが、横で猪モツをがっついていた黒毛玉が何かにビクンと反応し、慌てて荷物の隙間に潜り込んだ。何か来たのかと警戒していた所に
「あらー、エージじゃない。こんな所に何しに来たのー?」
聞き覚えのある間延びした声が聞こえた。なるほどケイが最大級に怯えるはずだ。
「丁度良かった、明日フィーレさんを探しに行こうかと思ってたんです」
そう、町を出るとは言っておいたが、では避難したのかと言えばそんな話はしていない。ここは洞窟の出口が良く見える高台のすぐそばで、むしろスタンピードの最前線と言っていい場所。魔法を見られると困るから目に付きにくい町の外に出ただけで、考えていることは町に残った冒険者たちと同じだ。
彼らと違う所があるとすれば、町と心中する気などさらさらないという点だろう。
なぜ避難するつもりだったかと言えば死にたくないからだ。裏を返せば、死ぬ可能性を十分に排除出来るなら無理に逃げる必要はない。そこをクリアする方法を思いついたので、予定を変更したのだ。
たった二ヶ月弱ではあるが、宿のガナシュさん、その看板娘ユイナさん、ギルド窓口のエミリーさん、その他いろんな人に会った。武器屋の親父に革屋のおばちゃんもいたし、そう言えばギルドマスターの名前を聞いていない。子爵のご令嬢エリーさんはもう避難しただろうか、せっかく助けた命なのだから大事にして欲しい。一人一人みんなに落ち着ける家があり、慣れ親しんだ仕事があり、見知った顔に会えるラミスクの町をなくすのはあまりに惜しい。
そして俺が全力を出せば、魔物を相当数減らせるだろう。それにスタンピードを大儲けのチャンスとしか見ていないどこぞの魔族が、嬉々として現場に向かったのを知っている。二人がかりなら町に残っている冒険者で守り切れる程度まで間引けそうだし、上手く行けば全滅すら射程に入る。それならやってみるべきだ。仮に思ったほど間引けず防衛が叶わなかったとしても、少しでも減らしておけば人的にも物的にも被害の減少を期待でき、それは再建の助けとなるに違いない。
全力を出すとまたピエールさんが来ることになるが、これについても対策を考えてある。どこまで有効かは分からないけれど。
「んー? エージもボーナスステージやりたいんだ」
「そんな嬉しいものじゃありません。町を壊されると困るんで全滅させたいんですよ。まあ結果やることは大体同じですけど」
「オッケー、じゃあ魔石は半分ずつね」
さすがにフィーレさんもお酒を飲んだりせずに大人しく食事を済ませ、魔法で索敵しながら眠りについていた。魔法があるから見張りは要らないと言われたが、魔法は近付くものを感知するだけで、感知した後は起きて倒さなければならないので、熟睡はせず仮眠をとった。
そして翌朝。朝食中、フィーレさんから重大な情報が齎された。
「索敵魔法にビリビリ来てたから、スタンピードがかなり早まってるわね。この分だと今日の昼には出て来そう」
「えっ。町の避難がまだ終わってなさそうなんですが」
「でもエージ君が守るんなら安心よねー」
マジか。やるだけやろうとは思っていたが、まさか避難出来ていない町民を背負う立場になるとまでは考えていなかった。避難する気のない冒険者の分はそもそも背負わなくていいのだが、そうでない人の分は責任重大過ぎる。
だが目指す所は変わらない。落ち着け俺、残り数時間のうちに出来ることがまだあるはずだ、万全の体制を整えないと。
「エージ君、何を作ってるのかなー?」
「変装用の服と装飾ですよ。俺がやったってバレるとまずいんで、ここは魔族二人がやったように偽装します。魔族っぽくする付け角とマントと、体格を誤魔化すハリボテと、あと何があればいいですかね?」
「顔を隠す仮面は要らないのかしらー?」
「戦闘中の魔族に顔が見えるほど近付く人がいるとは思わないんで、そこまでは必要ないかなと」
「それもそうねー」
「まあ用意だけはしておいてポケットに突っ込んどきます」
「エージ君、次は何を作ってるのかなー?」
「偽装と虚仮威し用の杖です。俺が普段使ってるのは割と小さめなんで、ばかでかい杖を持ってればバレにくくなりますし、杖の力で大きな魔法を使ってるように見えるかなと」
「形を作るだけじゃなく模様まで描き込むなんて、緊急時なのに余裕ねー」
「削っただけの杖なんて出回ってないから、描いとかないと不自然なんですよ」
「エージ君、今度は何を作ってるのかなー?」
「果汁に魔力を溶かしてます。魔力が十分なうちに作っておいて、使い過ぎた時に飲めば魔力が体に戻ります」
「それいいわね。私も用意したいから教えてー」
「エージ君、何か作って欲しいんだけどー」
「何かって何ですか」
「美味しいものよー。始まっちゃうと終わるまでは食事どころじゃなくなるから、今のうちに食べておかないと」
「それは大事ですね。食べ過ぎない程度にしっかり腹拵えしておきましょう」
こうして準備と食事が終わったのが正午を少し過ぎた頃。鍋や食器を洗い、焚き火は何かに使うかも知れないので残り火のままにしておく。
俺でさえ〝生活魔法・見張り〟を使うまでもなく、洞窟に魔物が犇めいているのが伝わって来る。今すぐにでも始まりそうだ。木製の角と布で丁稚上げたマントを身に付けて魔族っぽく変装し、同じく大きいだけの杖を担いで良さそうな場所に陣取る。
「フィーレさんは魔石が欲しいんですよね。好きにやって出来るだけ数を減らしてください。俺は魔物が町に行かないようにしたいんで、残ったのを動けなくします」
「わかったわ。二万匹規模だっけ? どんどん燃やして行くわよ」
フィーレさんがいつものおっとり口調でなく早口になっている。緊張なのか、それとも単なる興奮なのか。俺は魔物を倒す以外にも考えることが多く、それが逆に緊張を緩和してくれている。どうせ始まってしまえば目の前の魔物のことしか考えられなくなるだろう。
それから数分後、洞窟から一匹目の魔物が出て来た。いよいよ本番だ。




