40 最後の日
何とか日没前、南門が閉まる寸前にラミスクまで戻って来られた。東の洞窟の場所をフィーレさんに教え、町の近くで別れて、宿に戻った。
「あ、エージさん戻られたんですね。ちょっとお話しが」
ガナシュの宿の看板娘が申し訳なさそうな顔をしている。
「どうしましたユイナさん?」
「スタンピードの影響で、ここでの営業は今夜限り、明日の朝食までとなりました」
「そっか……。知らせてくれてありがとう」
当然ながら彼女たちも避難しないとならない。宿の備品を全て持ち出すのは叶わないだろう。金銭的にも精神的にもいろいろ心残りがあるはずだ。ただの客である俺でさえ残念なのだから、長く働いてきた者の心中は如何ばかりか。
「食材が持ち出せないので、今夜は食事が全部無料です。と言っても仕入れは少ないのですが、お楽しみください」
「マジで! こんな時だからこそ食事は大事!」
食べ放題とは魅力的な言葉だ。今のこの身体は育ち盛りだから、食べたいだけ食べていると食費が結構なことになるのだ。贅沢はしていないので多いと言っても高が知れているし、多少食費が嵩んでも困りはしない程度には稼いでいるのだが、それとこれとは話が別だ。満腹感で大きな気持ちのまま帰れるか、食べ終わった後の勘定書きを見て身の細る思いをするか、そこには大きな違いがある。
それに今夜というタイミングも重要だ。この宿が今日限りなら、俺も明日のうちにここを発つことになる。馬や驢馬などは既に貴族や商人に押さえられているから、避難するなら数日かけて隣町まで歩かなければならない。移動中は味など二の次な保存食が主になるし、それとて持ち運べる量に限りがあるから大食いは出来ない。その直前に美味しい食事をたくさん食べられるのは、金額以上の価値がある。
考えることは皆同じ。既に移動している冒険者も多いが、今日までいた者は挙って食堂に集まり、食べられる限り最後の晩餐を堪能していた。
翌朝。
昨夜とは打って変わり、しんみりした空気の食堂で朝食をとり、宿をチェックアウトした。前払いしておいた宿代が二泊分返金となり、そこから金貨一枚をチップとして渡しておいたが、宿やそこで働いていた人たちにとっては焼け石に水だろう。
宿を出た俺はまず市民ギルドに立ち寄った。今日までは平常に近い業務をすると聞いている。
「エビルモンキーの毛皮が六枚ですね。いずれも状態が良好でしたので、通常金貨二枚のところを二割増しで銀貨四枚プラス、合計銀貨百四十四枚ですがよろしいですか?」
「了解。今日は全部現金でお願いしたいんですが。俺も移動しなきゃいけないんで」
「大丈夫です、避難する皆さんのために現金は手厚く準備してあります。金貨十四枚と銀貨四枚になります、ご確認ください」
「ありがとう。エミリーさんたちはこれからどうするの?」
「既に近隣のギルドから応援の馬車が来てまして、順次荷物を運び出している所です。今夜の営業が終わったら書類をまとめて最後の馬車に積み、明日の午前にはマスターを除く全員が離脱しネイブ町に向かう予定です。相当ぎりぎりのスケジュールですが」
「あれ、あと三日はあると聞いてたけど?」
今日はまだ二十一日。発生は二十四から二十七日頃と聞いていたので、明日の出発ならまだ猶予があるはずだ。
「実は予測が早まりまして、二十二日の昼から二十四日の午前頃になりそうです」
「え。それならこんな悠長に窓口を開けてる場合じゃないでしょ」
「市民の皆さんが避難するための物資管理や、避難した家の空き巣対策などを行う部署が必要なので、ギルドはぎりぎりまで閉められないんです」
「あの、仕事も大事ですけど、命の方が大事ですからね?」
仕事は労働者を守ってくれないし、むしろ殺しに来る。これは前世で得た最大の教訓だ。滅多なことでは補償されないし、運良く賠償金が出たとしても死んでからでは使いようがないのだから、自分の身は自分で安全を確保しなければならない。それらの思いを込めて伝えたのだが、
「いつも体を張ってモンスターと戦ってる人に言われても説得力ありませんよ?」
これ以上ない反撃を食らい、台に突っ伏すこととなった。
「こっちは一応、勝てる算段のもとで動いてるんで。でもスタンピードに勝てる算段なんてないでしょ」
「そうですが、ぎりぎりとは言え間に合う予定を組んでいますから。皆さんの避難が早く進めば、私たちも前倒し出来るのですが」
「暗に早く出てけってことっすね。言われなくても今日の午後には出ますよ、もう宿を追い出されちゃいましたし」
「どちらに向かわれますか?」
「南東の町に行く人が多そうなので、俺もそうしようかなと」
「承りました、エージ様は二十一日の午後にネイブに向けて出発、と。後日行方不明者リストが必要になりますので記録させていただいてます」
……もう〝行方不明者〟が出る前提なんだな。
必要な現金を得た後は、今後必要になる物を買い出しして回った。物価はかなり高くなっていたが、足下を見た吊り上げという感じではなく商人の危険手当の分として許容される程度というか、事実として品薄なので仕方ないという雰囲気だ。俺は火種や水樽が必要ないし、手近な森に入れば狩りも出来るので購入すべき物資は少なく抑えられるが、それでも保存食や携帯用の調理セット、野営用のテントや寝袋等は新規に購入が必要だった。これまで狩りは日帰りで済ませていたから、何日もかけて移動するための装備は持っていなかったのだ。特に今は鍋や麻袋などを廃屋に返してしまったばかりで、どちらにしても新しいものが必要という事情もある。
また布や紐、針金等各種を多めに買っておいた。これらの基本材料には様々な用途があり、屋外では何かと役に立つ。本当は木材も欲しかったのだが予算の都合があり、出発後に手近な森で調達することにした。買えなくもないのだが、森に馴染んだ身なので〝タダで拾える物〟というイメージが強くあり、そのため高騰した価格とは折り合いがつかなかったのは当然の帰結だろう。
買い物を終えた俺は予定通り、その日の午後にラミスクの町を後にした。




