36 異変の兆し
3章スタートです。
自分に桁外れの魔力があると知ってから数日。
俺は相変わらず南の森で猪を狩り、表向きはそれまでと何ら変わらない日々を過ごしていた。
もともと、生活魔法で狩りをすること自体があまり人に見せられない行為だったのだ。秘密がもうひとつ増えたところで、すべきことにそれほど大きな変化はない。隠さなければならない度合いがかなり違うとは言え、少しでも魔法を見られただけでバレる前者と、何度か見られた程度では基本気付かれない後者とでは条件が違う。もちろん連発や巨大なのを見られればアウトなので、最大級の警戒が必要なことには変わりないのだけど。
これまで一月半ほど、問題なく過ごしてきたのだ。これからもそれを続けられれば十分。
そう思っていたのだけれど、世の中はそんなに甘くなかった。
えてして状況というのは外乱要因によって変化を迫られることになる。
前にいろいろ怒られたので、最近は狩りに行く前に市民ギルドに寄って依頼を眺めておくようにしていた。わざわざ受注するのは気まぐれを起こした時だけで、積極的に消化する訳ではないが、たとえば単価の安い採取植物を見かけた時に〝依頼があったから取っておこう〟といった判断にはなっていて、それで達成した依頼が実際いくつか出てきていた。金額的には達成二回で猪一頭分程度なのでそう大きくないが、お金はいくらあっても困らないし、達成すればエミリーさんや依頼を出した誰かが喜んでくれる。
そんな訳で今朝もギルドに来たのだが、そこはいつもと違う雰囲気に満ちていた。
「エージさんおはようございます」
「おはようエミリーさん。あの、今日は皆さんピリピリしてますけど、一体何が」
「あー、えっとですね……エージさんは対象外なんですが、お知らせはしておきます。スタンピードってご存知ですか?」
「魔物が大発生して押し寄せて来る現象のことなら聞いたことがあるが、それで合ってるか?」
「はい、それです。実は東の洞窟でその兆候があるという報告がありまして、今朝からそれが冒険者に伝えられているところです。五百ポイント以上の冒険者には町の防衛任務をお願いしているんですが、エージさんは現在四百七十一ポイントなので対象外になります」
「……総力戦になりそうな割には参加条件が厳しいのはどうして?」
「防衛任務という名前ですが、実際には撤退の殿を務める任務です。人さえいれば町は再建できるので、少数精鋭で足止めしつつ全員避難するのが犠牲を最小限にできる、という子爵様のご判断です」
「つまり、普通に戦ったらこの町が全滅する規模のスタンピードが予想されていると?」
「結論から申し上げればその通りです。推定規模は二万匹、これはゴブリン・コボルト・ダークラクーンなど下級種だけの数字です。この規模だとオーク千匹やオーガ五十匹、他にも特殊な魔物が一緒にいて、それらを中ボスが率いているのが普通です。また通常は魔物に数えませんがスライム各種も三万匹前後が同時に現れる見込みです。戦争は数なのでスライムもこの数だと馬鹿にできません、作戦を立てる際には頭に入れておく必要があります」
オーガの戦闘力は小ボスに匹敵する。それが五十匹だ。オークやゴブリンだって、それほどの数が集まっていれば、どれか一種類だけでも十分に脅威だ。
「一方、ラミスクの戦力は子爵様の私兵が二百ほど、冒険者を腕前問わずかき集めて五百程度。頭数の時点でオークより少ない状況です。他の町に馬で緊急支援を依頼していますが、どこも余力はないので各数十人程度しか来ないでしょうし、そもそも出してくれるのか、出してくれたとして間に合うのか。いずれにせよあまりアテになりません」
当たり前だが、この世界には電話も自動車もない。移動手段より速い通信手段はなく、最も速い移動手段は馬だ。そして余分な兵力や馬など持っていないこともまたお互い様だ。大きな町でさえ数十人出してくれれば大感謝で、小さな村ならゼロ回答が普通だし、出してくれたとしても馬がなくて徒歩進軍かも知れない。しかも馬があってもなくても、命令が出た当日に出発できるはずもない。人を集めて物資を準備し進軍を開始するまでは数日かかる。
人数に関して言えば、王都なら戦争用の兵がいるはずで、多少は回してくれることが見込める。だが馬車で十日の距離に連絡を入れたところで、到着するのは二十日以上も後になる。着いた頃には全てが終わっているだろう。つまり−−
「人数的にも時間的にも、実質使えるのは今いる人間だけってことか。そしてそれで何とかするシナリオは見出せないと」
「はい。多くの方は南東のネイブ町に逃げる準備を始めています。西のシマリ漁村を目指す方もいます。エージさんは南の森からいらっしゃったそうなので、場合によってはそちらに戻ることも選択肢になるでしょう。避難が早く終われば防衛部隊すら残さない完全撤退も可能になりますが、それでもなおこの町と心中するつもりの冒険者もいらっしゃいます。私もラミスクは好きですから気持ちはわからなくもないんですが……」
この町に着いて五十日ほど。この世界で最初に着いた町であり、それなりに愛着がわき始めた所ではあるが、命をかけるほどの話ではない。幸い俺は防衛戦の人員としては対象外らしく、脱出していいそうなので、ならば全力で逃げる所存だ。
「話はわかりました。迷惑にならないよう避難を検討します。それで発生までの猶予は?」
「二十四日から二十七日の間になると予測されています。当ギルドも備品や書類の運び出しを始めるので、いろいろお受けできるのは二十一日頃までと思ってください」
今日は三月十九日。身軽な立場の自分にとって、まっすぐ逃げるなら十分な期間だ。だが心残りを片付けようとするなら結構際どく、今すぐ行動しないと間に合わない。ただ逆に言えば、ぎりぎりとは言え片付けることも可能な日程だ。
「ところで、発生の原因として考えられるのは何?」
「少し前から、東の遺跡に向かう方が増えました。何でも新しい通路が見つかったらしく、未発掘のお宝があるのではと。一方そのせいで洞窟に入る冒険者が激減してしまい、間引きが減った上に兆候に気付くのが遅れました」
あれ? もしかして俺が遠因?
本章から、今まで足りなかった成分が追加されます。詳しくは明日の朝刊で!(※ここで言う朝刊とは毎日の更新のことを指し、新聞の朝刊とは関係ありません)




