35 閑話・謎の少年エージ
時は遡って数日前、ギルドマスターの自宅にて。
ギルド調査員のリザベラがギルドマスターと向かい合っていた。
「お父様、納得のいく説明をお願いします」
「ん、何の話だ?」
「とぼけないで下さい。エージとかいう少年の件です。ただのお茶会の話ではありませんよね?」
「ああ、その話か。ギルドとして含むところはなくもないが、リズに頼むことは正真正銘お茶会だけで、彼を監視しろとかそういうつもりはないぞ」
「それが既におかしいんです。他のどの冒険者に対してもそんな約束はしないどころか、むしろ遠ざけてきましたよね。それがいきなり彼に対して私を差し出すようなことを約束したものだから、これは何か特別な任務かと思ったのですが、聞いてみればそうではないと。何を思ってこんなことをしているのか、目的がわかりません」
「なるほど、これまでの延長で考えたら話が見えないかもしれないな。わかった説明しよう」
「始めからそうお願いしています」
「そう睨まないでくれ。まずエージ君はギルド的に危険な素振りはない。どこかの間諜だったり王都の監視員だったりといった疑いはかかっていないから、そういう意味では普通の狩人だ」
「他の意味では普通ではないと」
「結論から言えばその通りなんだが、順番に話すから焦らず聞いてくれ。情報を総合すると、彼は成人に達したのを機に森から出て来て、狩人としてここラミスクに住民登録をした。それが先月のことだ。街の中でも特に変わったことはしておらず、武具を買ったり門番と情報交換をしたりして過ごしているという。盗賊を捕まえたことが一度あるが、これは偶然のお手柄だろう。と、ここまでが表向きの彼だ」
「それは既に聞いていますが、そう言うからには裏向きがあるんですね」
「まあ裏と言える程の話でもないんだが、どうにも不自然に見えるのは確かだ。自称を信じるなら彼は二頭身イノシシ狙いの狩人で、実際その言葉通り毎日のように猪の素材を持ち込んでいる。だが猪と一緒に、週に二匹くらいのペースで未解体の小ボスを持ち込んでいるんだよ。こんな頻繁に小ボスを見つけること自体もおかしいが、それは本人曰くそういう体質らしいってことで置いておこう。パーティを組まずソロで活動していることも考慮すると、コンスタントに小ボスを倒せるなら上級の能力を持っていると判断するのが妥当なんだが、本人はそう思っていなくて、強いのがこんなにいるとは聞いてないし遭いたくない、猪だけでいいのにと言っている」
「変ですね。上級者が新米のふりをしてもいいことは全くないどころかむしろ損ですし、仮に何か特殊な理由があってそうしていると考えた場合もおかしいです。何の細工もなく強い獲物を持ち込んだら当然バレるのに、そこの隠蔽を試みている形跡が感じられません」
「その通り。まあギルドとしては、田舎から出て来たばかりでこの街の平均的な冒険者がどれくらいなのか知らないんじゃないか、という説が優勢だ」
「一見もっともらしい説ですが、他の冒険者の狩り場とか稼ぎとかが自分と違うことくらいはわかるのでは……」
「何にしても仮説でしかない。ただ、彼は他の冒険者とは違う価値観で動いていることだけは確かだ。大物狩りの名誉を誇る訳でもないし、それを売った大金も浪費しない。なら何かお金が必要な事情があるのかと思えば、武器や防具は良いものを値切りもせずに買う。女に貢いでいる気配もなければ家族への仕送りもない。では出世かと言えばギルドポイントを全く気にしていない。働かずにだらけたいのかとも考えたが、きちんと毎日猟に出る」
「確かにそこまで言われてしまうと、何を求めているのか見当もつきませんね……」
「なぜか彼は冒険者じゃなく狩人だという点にこだわりがあるみたいでね、それを真に受けるなら猪さえ獲れればいいと本気で思っている可能性もなくはない。猪以外を全て副次的な臨時収入としてしか見ていないなら、一応は説明がつくからな」
「理屈はそうかも知れませんが、あの年代の冒険者は野心に満ちていて少しでも稼いで名を売りたがるものです。そんな枯れた十三歳がいてたまりますか」
「だから結論が出ないのさ。そして不自然な点はもうひとつある。彼がどうやって小ボスを倒しているのか、よくわからない」
「それはあまり詮索しちゃいけないのが冒険者のマナーでは……」
「市民どうしなら言う通り。だがギルドは例外で、逆に把握しておかないといけない。そして普通なら、持っている武器と戦利品の状態を見ればそれなりに推定出来る。でだ、彼の武器はスタッフで、聖木製だから三倍杖ってことはないだろう、五倍か六倍の魔力回路があるはずだ。それだけ見れば、武器で殴るのではなく魔法をメインに使うスタイルだと推定される。だが彼に関してはその時点でおかしい」
「すみません、何がおかしいのかピンと来ないのですが」
「彼の魔法適性は生活魔法だけなんだ。属性魔法は全て白級だから、仮に使えても実用にならないだろう。だからまず魔法職用の武器であるスタッフを使っていることが非常識で、狩人なら弓とか槍とかを持った方がいいはずだ」
「そう言われると確かにそうですね」
「そして、持ち込まれた時の状態が毎回変わる。焦げている時、凍っている時、刃物系の武器ではないはずなのに切り傷がたくさんある時。更には外傷が全くない時もあるし、もちろん殴り倒されている時もある。猪に関してはそういう罠猟の可能性もあるが、何種類もの罠を使い分けるとは考えにくいし、ましてや小ボスを罠で捕らえるなんて聞いたことがない」
「なるほど、それは不自然ですね」
「比較的きれいな状態のことが多いから、そこそこ余裕のある戦い方をしているとは推測出来るんだが、具体的な状況がまるっきり不明なんだ。思い余って直接聞いてみたこともあるんだが、宗教上の理由で教えられないと返ってきた」
「そう言われちゃうと突っ込み辛いですね。体よく断る為にそう言った気もしますが」
「そこでリズの出番だ。お茶会でうまいこと聞き出してくれると嬉しい」
「何ですかそれ! どっかの昔話にありましたよね、強い人と懇ろになって怪力の秘密を聞き出した、えーとデリラとかいう女性の話! そんな美人局だかハニートラップだかの役を娘にさせる親がどこにいますか!」
デリラとは旧約聖書に出てくる、英雄サムソンを陥れたスパイです。ハニートラップって2000年前からあったんですね。




