32 魔族やばい
あの廃屋で俺が目撃したことがバレるのは危険だ。直感がそう告げている。何者かがそれをしていたのだろうが、それが誰なのかは俺も見ていないし、俺の近辺でバレるような魔法を使う理由もわからない。逆に客観的に見ている誰かがいたとすれば、俺がやった魔法のように見えるだろう。正直に言ってしまったら、よくわからないうちに、よくわからないゴタゴタに巻き込まれてしまうこと必至だ。
「そ、そうなんですか。俺が行った時には、そんなのなかった気がします。その残留魔力とかはわからないんで、確実ではありませんけど。……ところで、水が三千グタリってそんなに凄まじいんですか? 千グタリで一人前と聞いてるんで、その三倍ならそこそこいるのでは?」
話題逸らしではあるが、純粋に疑問に思ったことを聞いてみた。しかしこれは速攻で否定されてしまった。
「魔法一回で千グタリなんて人はいないよ。一発で出せるのは五十とかせいぜい百とかで、それを魔力が回復するたびに一日中繰り返して、やっと千グタリになるんだ」
「あー、そう言えば〝一日で〟千グタリと書いてありました。確かに馬車の随行ならそれで済みますね」
「そういうこと。うちの所員だって一回で千に届く人間はいないのに、その三倍以上だぜ? それに魔力の配分ってものがあるだろう。水だけ出し続ける状況の方が特殊で、普通に暮らしていたら他の魔法にも魔力を使うはずだ。なのに加減なくというか無駄に三千グタリぶちかまして、それでも魔力が尽きないなんて話、非常識にも程がある」
「なるほど、魔力の瞬間出力だけでなく、最大量か回復ペースかのどっちかも規格外だと」
「理解が早いね。そして何より恐ろしいのが、残留魔力の純度が低かったことだ」
「えっと、純度が低いと恐ろしいんですか? 高い方がじゃなく?」
「ああ、低い方が恐いんだ。魔力は魔力回路を通る時に、必要なものだけが選別されたり、使いやすい形に変換されたりしてから増幅される。そして倍率の高い回路ほどその効果が高いから、純度が上がるんだ。逆に言うと、純度が低いってことは魔力回路の倍率も低かったことになる。魔法の結果が巨大でも魔力の純度が高ければ、強力な回路によるものだと説明がつくんだが、純度が低いということは回路に頼らず力押しでぶっ放した魔法ということだから、それだけ強力な術者だと推測される」
「あー、十二倍くらいのを使ったんだろうと思ってたら実は三倍でしたってことなら、術者の魔力が予想の四倍ある計算になるんですね」
「そういうことだ。時間が経ってるから正確には測れなかったが、三倍か二倍、ひょっとしたら回路なしの等倍でもおかしくないくらいの純度だった。倍率が低すぎて、一倍と三倍じゃ推定に三倍もの誤差が出てしまうから報告に困っている。十倍と十二倍なら二割の誤差に収まるのに」
ここで疑問が浮かんだ。
「でも、そんな力のある術者が低倍率の武器を使うなんて変ですよね」
「よくぞ聞いてくれた、俺も疑問なんだ。それだけの術者が魔力回路の有用性を知らないはずがないから、絶対に高倍率の武器を欲しがるはずだし、それを買うお金がないとも思えない。どんな魔法であれ、こんなに強い魔法が使えるならそれで簡単に稼げるからね。お尋ね者になってて町で買えない可能性はあるが、それでも近場を出歩いてる冒険者と交渉したり奪ったりすれば、六倍から九倍程度のは手に入るだろう。敢えて低倍率の武器を使うことにメリットは一切ないから、高倍率の武器を温存してるという線も考えにくい」
「研究所の人でもわからないことってあるんですね」
「当たり前だ。魔法は最近の技術だから、わからないことなんてたくさんある。だからこそ研究所が作られたんだよ。それでだ、残る可能性としては人でなく魔物か魔族が考えられる。魔族の中には魔力回路の知識に乏しい者がいて、そういう者なら倍率を気にしていないことは有り得る。もし知っていたとしても、常用している武器が剣や斧など前衛系なら、高倍率の武器はあまり出回っていない。高倍率回路より近接戦闘をとったのなら低倍率なことに説明はつくが、これだけの魔法を軽視していいほど近接戦闘が強いのであれば、その近接はもう人類に抵抗する術のないレベルだな。そして、普通は高倍率の武器に持ち替えてから魔法を使うだろうに、そうしていないということは、持ち替えが出来ないほど緊急の脅威がある状態で魔法を使ったと思われる。それがどういう状況かと考えたら、魔族に対抗し得る魔法使いがいたのだろう。魔族に伍する相手が人間というのも考えにくいので相手もまた魔族だと推定されるが、それらが戦闘状態にあったのかもしれない」
「魔族、ですか」
「報告書はこれから纏めるが、どう転んでも知られたらパニックが起こるな。無用の混乱は避けたいから、正式な発表があるまでは黙っててくれ」
「そんな情報、何で俺には教えたんですか?」
「最初はそこまで気付いていなかったからな。だが話してるうちに、あっこれ危険なやつだと思い至ったんだよ。でもおかげで状況が整理されたよ、ありがとう」
「俺、完全に巻き込まれですよね」
「解決するまで多少の便宜は図るからさ」
「魔族が複数いるなんて話、解決するんですか?」
「うっ。そこは国が対処してくれるよう交渉するよ……」
夜、宿のベッドに寝転がりながら、ピエールさんの話を思い返す。魔族かどうかは知らないが、そんな強い力を持つ者があの森に複数いるのならば、ここを離れて別の町に避難した方がいいかも知れない。そんな、枯れ井戸から水を噴き出させたり、やたらめったら大量の塩を出したりするような魔法を使うなんて……
あれ? ん? え?
どの魔法も、俺に都合良過ぎないか?
水が飲みたいと思ったら水が出て、塩を使いたいと思ったら塩が出たのだ。偶然と言うにはあまりにおかしい。魔族が俺を見張ってて、独り言を聞いて魔法を使った可能性はあるが、だとすると陰から俺を助ける理由がない。そうなると、魔族ではない別の何かが、俺の言葉を聞き届けたのだろうか。うん、荒唐無稽な話だな。




