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31 ピエールさん戻る

 それから二日。俺は南の森での狩りを再開したが、幸か不幸かギルドに報告するような事件は何もなかった。

 当然である。ギルドに報告が必要な事件など、普通は月に一度もないらしい。しかもそれはギルド全体でだから、何も報告しないまま引退していく人もザラだという。あの五日間が異常だっただけだ。もっと言うと、ここ南の森は事件が起きる要素もない。小ボスと呼ばれる強敵こそ存在するが、小ボスがいること自体は知られている。それがもし報告を要するものだったとしても、倒した場合はそれが何なのかわかる状態でギルドの買い取りに出しているから、それが出たと報告しているも同然なので、追加で報告するような性質のものではない。丸ごと持ち込んでいるのは、解体の方法もどこが売れる部位なのかもわからないのでそうする他ない、という消極的な理由なのだが、何が幸いするかわからないものだ。


 よって、わざわざ報告することなどまず起こらない。お茶会に対してテンションの上がらない最大の理由である。ギルドマスターはそれを見越してあんな話をしたのだろう。そもそもこちらが要望した訳でもないのに、彼女に視線を向けていたというだけでこんな話を持ち掛けられること自体が不自然すぎる。

 お茶会の内容に全く触れられていないことからもそれが伺える。条件が伝えられていないということは、そこに何の保証もないということだ。仮にお茶会が実現したとしても、いろいろと制限がつけられるだろう。たとえば二人きりという保証が全くない。多対多のグループなら良い方で、悪ければ向こうに保護者なりお目付役なりがついて俺一人だけアウェイ、という会になることが容易に想像される。時間だって一般的なお茶会と同じとは限らないから、五分で文字通りお茶を飲むだけかもしれない。どう考えても碌なことにはならないに決まっている。前世での彼女いない歴三十七年が(つちか)った、おいしい話とその罠に関する知識をなめないでくれ。まあギルドマスター直々の話だから、怖い兄ちゃんが出て来て「おう俺の女に何してやがる」という美人局(つつもたせ)展開だけはないだろう。信じられるのはそのくらいだ。

 つまり、報告することがあってもなくても、これといって得はしない。それならいっそ、報告することのない平穏な日であることを祈る方が正しい。報告すべきことが発生するというのは、即ち自分に命の危機が発生するのと同義だからだ。


 だが夕方になって町に戻ろうとした時、イベントは起こった。しかし生憎(あいにく)、これもギルドに報告する案件ではなかった。

「あれ、ピエールさん」

「えっとエージ君だったよね。……なんか凄いのを運んでるねえ」

 そう、今日も俺は倒した小ボスを運びながら町に向かっていた。体重が百五十〜二百キロほどある、地球の猪と同じくらいの大きさがある二頭身イノシシ。魔法がどう翻訳したのか不明だが、百貫(デブ)で通じるらしい。森なら資材があるので例の使い捨て台車を作り、魔法で氷をベアリングがわりにして転がしていたところ、偶然にもピエールさんに遭遇したのだ。

「ええ、まあ、いつもの小ボスですよ」

「小ボスが〝いつもの〟というのはおかしいね」

「そうらしいんですが、どういう訳か本当にしょっちゅうなんで。簡単に持ち運べる魔法ありませんか?」

「物の運搬は生活魔法だね。君に出来ないなら僕にも出来ないよ」

「それは残念。……ところでピエールさんはどうしてここに?」

「うん、前に言った調査がようやく終わってね。いや終わってはいないんだけど、これ以上探しても見つからないって結論になったから帰るのさ」

「あー何でしたっけ、巨大な魔法が使われたとかなんとか。随分と時間かかりましたね」

「それそれ。痕跡が多数あったから、全部調査するのに手間がかかってね。魔法が使われたことは間違いないんだけど、使ったのが誰なのかはわからずじまいでさ」

「それは残念でしたね。いや、その強い奴と戦わずに済んだだけ良かったのかな?」

「そうかもな。実際に見るととんでもない痕跡だったから。君に教わった廃屋にもあったよ」

「え?」

「廃屋はすぐに見つかったからありがたく使わせてもらってたんだけど、そこに痕跡がいっぱいあることに気がついてね。中でも裏手の井戸はやばかった」

「覚えがないんですが、井戸の何がどのように?」

「じゃあ君が見たより後のことだったのかな? どう見ても枯れ井戸なのに、水が二千、いや三千グタリ以上も湧き出した形跡があってね。魔法一発で三千グタリなんて化け物だよ」

 三百リットルか。日本の家庭にあるバスタブ一杯が二百リットル程度、髪を洗うシャワーなり何なりの分も合わせれば入浴一回分ってところだな。……ん? そのくらいの水ならあの井戸から噴かなかったっけ? というかその前に、あれ枯れ井戸だったのか? 水ならいっぱい出てたけど?

「それって本当に魔法なんですか? 自然現象でなく?」

「そうだよな、こんな巨大魔法なんて信じられないよな」

 質問の意図と違う理解をされてしまった。俺はその噴出する現場を見ていて、それは何か突発的であるにせよ自然現象だと思っていた。それにもし魔法だとしても、三千グタリはそこまで巨大なのだろうか。

「でも魔法なんだ。それも特大の。魔法を使うと、現象に変換され損なった魔力が変質してそこに残る。信心深い人の中には精霊の食べ残しなんて言い方をする人もいるけど、まあ一般には残留魔力と呼ぶな、その量がとんでもなかった。魔法の種類までは判断できなかったけど、一番大きな痕跡がそこにあったから、ほぼ間違いないだろうね」

「一番ってことは、二番以降も?」

「ああ、廃屋の中や近辺あちこちで見つかったよ。台所に多くあったから魔法で料理でもしてたんだろうけど、そこで特に凄かったのは塩だな」

「塩?」

「残留魔力の塊みたいな岩塩があってさ、多分あれは魔法で塩を直接作り出したんだと思うけど、それが十グタリ以上もあるんだぜ? しかもそれを平然と置き去りにしているってことは、そのくらいならいつでも出せるほどの魔力があるんだろう。実際、何をしたのかはわからないが同じくらいの残留魔力がいくつもあった」


 ……なんか、とてもまずいことになっている気がする。


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