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26 調査員

 一週間が経過した。ラプタリアの一週間は五日だ。この国では貴族なら一週間に一日の休み、平民だと二週間に一日の休みが一般的らしい。俺は毎日休まず森に行って猪や兎を狩ったり、魔法で識別して茸や薬草を採取したりしていたのだが、日が落ちたら強制終了で残業の概念がないこの世界なら、毎日働いてもそれほど疲れなかった。むしろ必要ならいつでも休めるという心の余裕が大きい。自由に休めない時は「休める時に休まないと損だ」となるが、いつ休んでもいいと言われると、逆に「休む理由がないなら働こう」となる。まあ、休んでも怒られないからと休み続けていたら干上がってしまうという理由が大きいのだが。

 頼んでいた武器と防具は昨日仕上がって来た。革鎧は素早さアップの効果による回避もあり、防具本来の機能は出番が殆どなく、至って順調だ。スタッフは……もともと物理攻撃は当たらないのだから大きな変化はない。むしろ殴れる距離に入られたらその時点で負けなので、確認できずじまいのままの方が良い。目一杯の魔法を使う機会がなかったため、魔力回路についてはまだ検証していないのだが、発動が早くなった感じはするので効果はあると判断している。

 ケイには猪の内臓を毎日あげているが、それ以外にもプレゼントをした。適当な木の枝を魔法で圧縮硬化してミニチュアのワンドを彫り、それに二倍回路を目立たないよう焼き込んで革紐で背負わせてやった。試してもらったところ火を五回か六回くらい出せるようになったので、目論見通りケイにも魔法回路の効果があったようだ。

 ケイ(いわ)く、こんな小さいものに二倍回路を書く技術があるなら、そのスタッフに五つか六つ書いちまえという話だったが、とんでもない無茶を言っていると思う。全て二倍回路としても五つなら三十二倍、そんな国宝を上回るような武器がホイホイ作れたら世界がひっくり返ってしまう。一人前の職人さんでさえそうなのだから、俺がそれ以上を出来るはずもない。


 そんな感じで、(ようや)くこの世界で生きて行く見通しが立ったのだが。

 いつものように南門を出ようとした所で、俺を呼び止める人がいた。

「あー、君がエージ君かな」

「確かにエージは俺だが」

「今バステラの森について調べていてね、門番に聞いたら君が詳しいだろうと言われたんだ。少し話をいいかな」

「南の森のことか? まあ少しだったら構わないが」

「良かった。僕はピエール、魔法研究所の職員だ」

「はあ。王都のお偉いさんが、こんな遠くまで何の調べ事で?」

「このへんで強力な魔法が使われた形跡があるというので、代表して調査に来ているんだ。研究所には魔法探信儀(レーダー)があって、研究所の知らない人が強い魔法を使っていないか、日々調べている。そして使ったのが市民なら優秀な人材として勧誘するし、モンスターなら危険だから駆除したり市民を避難させたりする。どちらにしても急いで行動しなきゃいけないから、特派員が現場まで急行する。今回はその役目が僕になった」

「ふむ、そこまでは理解した」

「それで十日近く前、この南にあるバステラの森で特に強い魔法の反応があった。君はバステラの森によく出入りしていると聞いたけど、心当たりはあるかい?」

「なるほど、それで俺か。確かに南の森には良く行くが、最初にというか当然というか、俺でないことは確かだな。これを見てくれれば一目瞭然だ」

 いつぞに神殿で貰った適性判定書を見せる。

「生活魔法だけ金級かー。また珍しい適性を引いたね。いい−−」

「いいお婿さんになれる、か? 誰に見せてもそれしか言ってくれない。それなら私の婿にどうだと立候補する女性がいればまだしも、それもない」

「ははは……気に障ったなら済まない」

「ただの愚痴だからお構いなく。それはさておき、珍しいかは知らないが、生活魔法でそんな危険のある魔法は出せないさ。それは魔法を良く知っている研究員さんの方がわかってると思う。このスタッフは六倍品だが、五日前に発注して昨日受け取ったばかりだから、十日前に使うことは出来ない」

「ふむ、君じゃないことはわかったし、そんな簡単に見つかるとも思っていない。そこで本命の質問だが、強いモンスターを見たり、変な現象を見かけたりしたことは?」

「蛇や豹に出会ったことならあるが、あいつらが魔法を使うのは見たことないし、そもそも昔からいたはずだから調査の必要はないだろう。変な現象というのは具体的には?」

「それが今回、記録の分析が難しかったらしくて、細かくはわかっていないんだよ。ただ、とても大きな魔法だから目立つはずなんだ。巨大な火柱が上がったとか暴風が吹いたとか、そういうのを誰か見ていないかと思ってね」

「そういうのは見てないな。そもそも南の森と言ってもかなり広いし」

「ごもっとも。場所はだいたいわかっていて、ここから南に二十ヤミルほどの地点だ」

 ん? それってあの廃屋があったあたりだな。

「確かに俺はそっちの方面から出て来たが、天変地異の類は見覚えがないし、そもそも日帰り出来る距離ではないから、目撃するのは難しそうだな」

「それもそうか」

「せっかくだから一つ教える。ちょうど南に二十ヤミルの付近、沢を上りきった所の近くに廃屋があった。俺が見た時には誰もいなかったから魔法とは関係なさそうだが、雨露は凌げるから調査の拠点には使えるかも知れない。どうせ調査には何日かかかるんだろ?」

「なるほど、直接ではないが調査には役立ちそうな情報だ。引き止めてすまなかった、協力に感謝する」

「いや、こちらこそ決め手にはならなかったようで。……そうだ、魔法研究所の人と言うなら聞きたいことがある」

「ん、何だ?」

「研究所は魔力の強い人をスカウトしてると聞いたが、そういう人を集めて何をするのが目的なんだ? 隣国と戦わせるのか?」

「あー。結構な予算がおりてる以上、そういう意図が全くないとは言えないだろうな。ただ今のところは強制的に徴兵された所員はいない。僕たちが直接戦うよりは、新しい魔法を見つけるとか改良して威力を上げるとか国民全体に教育するとか、平時からの増強を重視してるんだと思う」

「なるほど。まあ生活魔法じゃ気にするだけ損か」

「いや、直接の戦闘員だけが戦争じゃないさ。生活魔法は前線に出るには向かないが、補給部隊としては抜群の能力がある」

「……結局、生活魔法はそれしかないのか」

「今の知見ではね。研究所の人間としては、市民が魔法に興味を持ってくれるのは嬉しいんだが、だからこそそこは申し訳ないとしか言えない」

「有り難う、良く分かった。分かりたくないという気持ちは飲み込んでおく」


 この兄ちゃんとは何度か会うことになるのだが、そんなことは分かるはずもなく、この日は普通に別れた。こういう日に限って巨大蜂なる強敵に出会ってしまい、「どうせ同じ方向に向かうんだから一緒に行動するべきだった」と後悔することになる。戦っている所を見られたくない以上それは不可能なので仕方ないのだが。さすがに「生活魔法・殺虫剤ピレスロイド噴霧!」なんて戦い方は、この世界の人には見せられない。


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