21 危険な森、もっと危険な存在
猪一頭で今日の宿代と食費は賄える。実験も予想通りの結果が得られた。まだ昼になったばかりだが、森で今日やりたいことは終わった。あとは帰ってゆっくりしたいところだが……
「ケイさんや」
「何を聞きたいの?」
「ネコ科から安全に逃げる方法を教えなさい」
町に戻る方角に、赤と黄色の模様を持つ豹が構えていた。体長が三メートル近くあるので、かなり危険だ。南の森が狩り場として好まれない理由は、こういった強敵の存在である。そうそう出会わないと言われているらしいのだが、栄二は一昨日も大蛇に出くわしたばかりだ。
「豹の特徴をそのまま言うと、足は速いけど持久力がないわ。とは言っても相手が疲れるまで逃げ切るのはエージの足じゃ無理。もちろん木登りは得意だからそのつもりで」
「つまり逃げられないと?」
「だから倒すしかないわね」
「なんという無茶振りを!」
悲鳴に近い抗議をするが、それしかなさそうなのは同意する。しかし倒すのも相当に困難だ。猪と違って障害物は器用に避けながら走るし、ジャンプ力もあるし、爪の攻撃力も噛み付く力も生半可なものではない。何か弱点はないのか……。あ、この場合の弱点というのは部位ではなく、効果の大きい武器種や属性なんかのことだ。そんな器用に部位を狙える腕は俺にはない。
豹がいよいよこっちに近づいて来た。もう考えている余裕はない。思いついた中で足止めに使えそうな魔法を放つ。
「高圧洗浄、あいつを水洗いせよ!」
ブシャーッ。人に向けて使ってはいけない程度には勢いのある水が豹に向かっていく。そう、ネコの仲間は総じて水に濡れることを嫌がる。距離があるので水圧の攻撃力は期待できないが、豹は目論見通りに大きく飛び退いてくれた。
しかし相手を警戒させるということは、こちらへの怒りを増す行為でもある。飛びかかってくる気配を見せるたびに水を放って牽制するが、隙を見て襲いかかろうとする姿勢はその度に強まっている。憤りが上回って水を厭わず突っ込んで来られたらアウトだ。だがこちらも考えなしに足止めだけしていた訳ではない。ただのジャブではなく、ジャブジャブかけることで足元をぬかるませて相手の踏み込みを防ぎ、しかも次の攻撃に向けての布石を打っていたのだ。
訂正する。最初はそこまで考えていなかった。やり始めてから思いついた。それと意図せず駄洒落になってしまったのも不覚なので合わせてお詫びする。だが、うまくいってくれると思う。
「護身用電撃銃、あの豹を動けなくしろ!」
バチーン!
スパークの激しい光と音が豹を襲った。電撃は豹の体を貫き、意識を刈り取ることに成功する。水をかければ電気が通りやすくなり、同じ魔法でもより大きなダメージを与えられる。また水を撒いておくことでその範囲全体に電撃が広がり、単発攻撃が範囲攻撃に変わる。相手は一頭なので範囲攻撃にあまり意味はないと思うが、それはゲームのセオリーだ。実世界なら命中率がまるっきり違ってくる。
まだ生きているようで痙攣しているが、持ち帰ればいくらかになるだろう。というか戦い損は勘弁してほしい。素材の価値を損なわないよう溺死させて止めを刺す。
「また無茶な魔法を使うわね……」
「死なないためには魔法だって何だって使うさ。前にも言った通りだ」
豹はどの部分が売れるのかわからないので丸ごと持ち帰ることにするが、重すぎるので適宜休憩しながらでないと無理だ。
ようやく森の縁まで来たので一回目の休憩をすることにした。
「なあケイ。他の狩人や冒険者はこういう獲物をどうやって持ち帰ってるんだ?」
「大きな獲物って意味なら、そもそも普通は一人じゃ狩れないから心配ないわ。狩るのにパーティを組んで、倒したものもみんなで持ち帰るのよ。それも無理そうな大物なら、一人を町に走らせて馬なり荷車なりを持って来るわね」
「つまり俺がぼっちなのが悪いと」
「別に悪くはないわ。倒せる前提なら、山分けしなくて済むから丸儲けになるもの。持ち運ぶ魔法はないの?」
「ああ、物を運ぶのも生活魔法か。重さを減らすってどうすればいいんだろ。風船で浮かべるには少しばかり重過ぎるし……そのうち考えるとして、今日のところは魔法じゃなくて道具かな」
森には木ならたくさんある。
「この倒木でいいかな。まずは丸太の輪切りを四枚。切断! 切断!」
欲しい部品の形をイメージして切断と言うだけで、その通りに切り出される。魔法って便利だ。
「次は枝二本の左右に輪切りを取り付けて、その上に板材を乗せて、と。最後に軸受けを作って、接着! よし、こんなもんだろ」
間に合わせもいいところだが、木製の台車っぽいものが出来た。それに獲物を積み、ロープをかけて引っ張る。舗装などないので転がすのもそれなりに大変だが、普通に担いで行くよりはだいぶ楽になった。
「こんな作り方を見たら木工工房が泣くわね」
「泣くか激怒するか、どっちだろうな。町に着くまで壊れずにもつかどうかもわからない使い捨て品だから、出来が酷いのは勘弁して欲しいもんだ。むしろ出来が良いと競合しちゃうから、このくらいが妥当だろ」
(見栄えは良くする気がないだけでしょ! それより製作速度がとんでもないのよ! 耐久性だって、接着とやらの魔法、頑丈すぎ!)
ケイの心の叫びは今回も誰にも届くことはなかった。




