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19 閑話・研究所緊急会議

 時間は少し遡って、栄二が廃屋で角ウサギを解体していた頃。

 王都にある魔法研究所では大騒動が起ころうとしていた。

「失礼します! 所長、緊急事態です!」

「どうしたファルネイル。お前が慌てるなんて珍しいな」

「これで慌てない方がどうにかしてます! とにかくこれを見てください!」

「魔法探信儀(レーダー)の記録か。何か変わった反応があったのか?」

「ここです。途轍もない強さが記録されています」

「ああこれか……って、何だこれは!? 誤作動じゃないんだよな?」

「確認しましたが、探信儀は正常に動いております」

「むむむむむ、これはまずいな。至急、部門長以上の全員を呼べ!」


 会議室に集められたのは八名。所長の他、エレメンタル・オーガニック・ウェザー・ホーリーの各属性部門長、基礎研究部門長、王宮との連絡役である事務長。これに報告を持って来た観測課長のファルネイルが加わっている。

「全員来たな。どうやら大事件が発生したようだ」

「所長がこんなに慌てるなんて珍しいですな」

「これで慌てない方がどうにかしている。ファルネイル、早速報告してくれ」

「はい。本日昼の早いうち頃、魔法探信儀が非常に大きな魔法を検知しました。これがその記録です。場所はバステラの森、問題の出力なのですが測定上限を振り切っております。最低でも二十メルク、状況から推定すると五十メルクに届くのではと思われます」

「五十メルク!」

 会議室に呻き声が広がる。有数の魔法使いでもその瞬間出力は十メルク前後だし、ここにいる国内最高峰の者たちでさえ十五メルクに満たない。その三倍以上の魔力で放たれた魔法など、誰も見たことがないのだ。

「それは間違いないのか?」

「はい。何度も確認しましたが探信儀の動作は正常で、故障などはしておりません。記録の状態も良好です。大規模な魔法が使われたことは確実です」

「そうか。他にわかっていることは?」

「規模の割に属性反応が薄いため解析に手間取っております。魔力紋を照合しましたが、一致する五メルク以上の登録者はおりませんでした。この前後にも五から十メルク程度の反応が複数見られますが、そのたびに特性が異なっております」

「そのようだな。恐らくは複数の属性持ちなのだろう」

「だが、どの魔法も我々の知る属性特徴を持っていない。四属性のどれとも断定できないな。こんなのは初めて見る」

 何人かから溜息が出る。


「以上を総合するまでもなく、研究所が接触したことのない何者、いえ何物かが、ここの研究者も知らない謎の魔法を、前代未聞の強い魔力で使用したと考えられます」

「概要はわかった。しかしこのような魔法、いったい誰が発したのだ」

「森に隠遁している賢者が使ったのであれば、一応は納得できる。しかしそれなら、その賢者が今まで見つからなかったことが不自然だ。これまで何年も探信儀をもとに実力者を探し回りスカウトしてきたのだからな」

「力に目覚めた者が試し撃ちのために森に入ったのかもしれない」

「いえ、町や村の者とは考えにくいです。日帰りできないほど奥に入った場所なので、それだけのために森に入ったとは思えません。しかも時間をあけて何度か放っています。試し撃ちなら連発するでしょう」

「そうなると……」

 皆の言葉が途切れる。有力な説には思い当たっているし、ファルネイルは既に示唆しているのだが、それをはっきりと口に出したい者は誰もいなかった。


 長い沈黙の後、所長が話を引き取る。

「魔法を使ったのは人間ではない可能性も考えなければならないということか。これだけの力を持つのであれば強大な魔物か、或いは最悪、魔族が現れたのかもしれない」

「魔族……ですか」

「運良く魔族でなかったとしても、危険な相手には違いない。ひとたび敵意を向けられてみろ、五十メルクを撃ち込まれたら村程度など簡単に吹き飛ぶ。町でも数発だな」

 そうなった場合を想像してしまったのだろう。再び沈黙が訪れ、誰かが生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。

「この話が市民に洩れたら、国全体でパニックが発生するだろう。王宮への報告はこれからだが、間違いなく国家レベルの機密事項になる話だ。うっかり喋ったりしないよう、くれぐれも注意してくれ。事務長、これが終わったらすぐに連絡を頼む」

「もちろんです」


「それでだ。誰かが緊急に現地まで向かい、調査しなければならない。わかっているのが場所と出力だけでは話が進まないからな。もしスカウトできればラプタリアは当面安泰だが、逆に敵対勢力だった場合は国どころか大陸丸ごと滅びる危険すらある。そのような任務に誰を出すかは慎重に考えなければならない」

「それなら筆頭はピエールでしょうな。由緒あるレマス侯爵家の三男なので貴族に顔がきく上、治癒魔法を惜しみなく使うことで平民からの評判も高い。相手が国民であれば話くらいは聞いてくれるでしょう」

「ふむ。しかし今回は、相手が人ならざる者であることを想定している。戦闘になっても情報を持ち帰れることが最重要で、交渉力は二番目だろう」

「相手が魔物や魔族だったとして、逃げ帰れる可能性が高いのもまた彼です。魔法障壁の扱いに長けていますから」

「そうか。ではピエールを呼んでくれ。事務長は王宮へ。基礎研究部門は引き続き記録の解析と、該当地域に新たな魔法反応がないか監視を。残りの者は討伐隊の結成に備え、人員の選定と資材の確認をしておいてくれ。ではひとまず解散!」


 実のところ彼らの恐怖は全くの杞憂である。ただ、研究所の魔法探信儀は彼らの言う通り正常に稼働しており、使い方によっては町を滅ぼせるほどの強い魔法が使われたことは事実なので、最大限の警戒をしたことは間違っていない。むしろ脅威と見做すのならば、実際には五十メルクが本気の最大パワーでもなんでもない余裕の魔法であり、更に強い魔法に備えるべきだったという事実に思い至らなかったことは完全な落ち度ですらあった。しかし術者の正体について全く見当違いの予想をしたため話が大きくなり、最終的な脅威度は概ね適切なところに落ち着いていた。

 一方その魔法を使った者は害意がないどころか、王都で化け物扱いをされているなどとは思ってもいない。大陸を支配するどころか、食いつなぐために動物一匹を倒すことすら躊躇する人間なのだが、魔力が多かったがために独り言のつもりが詠唱になってしまい、無意識に魔法が発動しているだけのことである。

 彼は単に飲み水を欲しただけなのだが、必要量をイメージしないまま魔法として発動したが故に保有魔力に応じた出力が発生し、枯れ井戸から水が噴き出した。それが探信儀に捉えられたことなど知る由もない。それどころか魔法を使った自覚すらなかった。

 栄二にとっては受難、研究所にとっては国難、そして調査を任命されたピエールにとっては苦難の始まりであった。


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