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18 今日のまとめと明日からの予定

「いらっしゃいませ。あ、お帰りなさいませエージ様」

「ぐはあっ!」

「? どうされましたか?」

「あ、いえ、ちょっと飛んでた虫にぶつかりまして」

 この世界の人に「お帰りなさいませご主人様」の破壊力を語っても無駄だろう。しかもご主人様の上をいく固有名詞呼びだ。昼に名乗ったのを覚えているとは高等な接客術である。これがもし名前でもご主人様でもなくお客様だったら攻撃力は三ランクくらい落ちる。

「なんでもないなら良かったです。もう食事はお出しできます」

「ありがとう。では荷物を置いたらすぐに食べたい」

「承知しました。先に鍵をお渡しします。タライはそれぞれの部屋に備え付けてあります。水を中庭の井戸から自分で汲む場合は無料ですが、お部屋まで運ぶ場合は一回につき銅貨五枚、水でなくお湯を所望される場合は銀貨一枚です」

 やはり、少なくとも庶民には風呂の文化はないようだ。俺は魔法で湯が作れそうだから、銀貨一枚の節約になるな。


 部屋に荷物を置き、すぐ食堂に向かう。

「この町には初めて来たんだが、お勧めのメニューは?」

「これといって町の特産品はないんですが、今日は珍しくブルースネークの肉が入荷したので、お勧めはその揚げ物ですね」

 ブルースネークか。珍しいんだ。いったい誰が捕まえたんだろう。ちょっと胸騒ぎがする。でも焼いただけの猪肉以外なら今日は何でもいいや。

「ではそれと、野菜と燻製肉のスープを頼む」

 前世の記憶的には麦酒も魅力的だ。しかもエールとピルスナーが別メニューとして書かれているから、技術的にも期待できる。でも今の自分は十三歳の肉体だ。やめておこう。

 そう言えばこの国では何歳から飲酒可なんだろう。ドジーさんによると十三歳から大人らしいけど、日本でも馬券は十八歳だけど飲酒は二十歳だったりするし、確認せずに飲むのは危険だから、今度確認しておこう。

 蛇肉とスープ、今回はガナシュの奢りだが、定価だと合わせて銀貨一枚。味も量も十分満足できた。


 満腹になった俺は部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

「あー、明日からどうしよう……」

 食欲という短期の欲求が満たされたので、中期の懸案を思い出してしまった。今日はもう寝るだけだが、明日からのことは何も決まっていないのだ。

「生活魔法が使えたって、生活のためのお金が稼げないじゃないかー!」

 神殿で受け取った生活魔法ガイドブックをパラパラとめくりながら、ついそんなことを叫んでしまう。冊子には生活魔法の基本と何が出来るかは書かれているが、それでどうやって稼ぐかは書かれていない。


 話が違うぞ。

 いや、そもそも話なんかなかった。

 転移や転生の際に神や天使などと時空の狭間で会話をする物語をよく見聞きする。その度に俺はご都合主義だと笑っていたが、あれは必要な手続きだったんだな。笑っていたせいで不要と思われて省略されてしまったのなら反省しなければ……いや、反省してもそれが実を結ぶ事態はもう二度とあって欲しくないが。


 手続きが省略されなければ、面倒なことはだいぶ少ない状態で始まったはずだ。

 俺の知識では、急に異世界に来る時のパターンはいくつかある。どれなのかによって今後の動き方はだいぶ違ってくる。

 一つ目、地球とこの世界が新しくつながった、又はもともとつながっており、方法を知っていれば自由に往来可能。

 説明なしに放り出されたことについては説得力があるが、原理上これは転移のみで、転生することはない。なのでこの予想は否定される。

 二つ目、この世界に何か差し迫った危機があり、それを打ち倒す目的で国や宗教などの団体が儀式を行い、その結果として召喚された。

 勇者召喚の王道だが、これは確実に違う。召喚されたのならそれを行った者のそばに現れるはずで、その場で理由や目的が説明されるし、とりあえず出発までのケアはしてくれるものだ。だが俺は森の中に一人で放り出されていた。そして特に人類滅亡の兆候も見当たらない。

 三つ目、この世界に何か問題が起こっていて、世界を管理する上位存在の力でそれを解決するために送り込まれた。

 これも考えにくい。この場合、神かそれに似た上位の存在である何者かは、俺を転移転生させること自体にそれなりのコストを費やした上で、解決に必要な能力を付与するという手間もかけている。それなのに与えた能力や解決すべき事項を告げないまま放り出すとは思えない。そもそも、このパターンであれば貰っているはずの能力が見つかっていない。

 四つ目、何らかのイレギュラーにより間違って地球での生を終え、補償として異世界での生き直しを与えられた。

 地球での状況からすると可能性はあるが、これも弱い。この場合ならそれこそ、然るべき謝罪と状況説明がされるはずだ。そして安全快適に生きるための能力が与えられるし、それもどんな能力が欲しいか選ばせてくれるのが普通だ。

 五つ目、何かしら不測の事態により、誰かが干渉する間もなくこの世界に飛ばされた。

 これは可能性がある。説明を受けることなく転生したことも、召喚した存在がいないことも、特に使命を帯びていないことも、これといった能力を与えられていないことも、どの状況についても矛盾がない。

 ならばどうするか……いや、どうしようもなかった。しかも特別な能力を与えられていない可能性が高い。チートも持たずに文明の発達していない世界に放り込まれるとは最悪だ。


 嘆いていても仕方がない。こうなった原因については考えるだけ無駄だとわかったので、考えを過去でなく未来に進ませよう。この世界で生きるとして、明日からの食い扶持をどうするか。

 まず前提として、この世界では三人に一人は魔法が何一つ使えない。その人たちと比べれば、生活魔法とはいえ魔法適性があり、しかも金級だ。まだ恵まれている方なのだろう。だからガナシュさんも言っていた通り、この魔法で身を立てることは可能だ。

 そして勧められた職業は「お婿さん」だが、恐らく文字通りの意味では言っていない。そもそも十三歳を相手に今すぐ結婚しろってことではないと予想している。要するに、それに近い職業を探せということだ。

 たとえばこの宿の従業員を想定してみよう。井戸から運ばなくても水が使えるし、沸かさなくてもお湯が提供できる。お湯はタライ一杯で銀貨一枚、俺が部屋を訪ね回るだけでそれだけの収入がチャリンチャリン入るのだ。料理の仕込みも生活魔法の守備範囲だし、設備や備品の修繕まで出来てしまう。実際に何をするかは習得具合や魔力量との兼ね合いになるだろうが、どれをとっても重宝されるだろう。

 それと同様に金物細工屋なんかも手堅いだろうし、もし魔力が十分あるのなら、夏はかき氷・冬は茸鍋の屋台を出したって十分やって行けそうだ。

 しかし、そんなのは自分が求めている仕事ではない。それらは「魔法があれば楽になるが、なくても頑張れば出来る仕事」だ。そんなのではなく、ましてや「魔法の有無に関係なく出来る仕事」でもなく、もっと「魔法でないと出来ない、異世界らしい仕事」がしたい。

 ではどうする。今、俺の名目上の職業は狩人だ。現代日本に狩人や猟師は殆どいなかった。猟友会はあったがそれを本業として生活している人は少なかったと思う。だからこの職業はそこそこ異世界っぽい。でも俺の狩人としての腕前は壊滅的だ。槍での攻撃が当たったことなど一度もない。これで狩人ですなんて到底言えやしない。狩人は狩人でも、八時ちょうどの乗合馬車二号で旅立つ方と言われるのがオチだ。


 あれ?

 じゃあ何で俺、狩人ですなんて自称したんだ?

 そうだ、実際に動物を狩って、それを自分で食べたり売ってお金にしたりしたから、狩人ってことになっているんだった。

 でも攻撃が当たらないのに狩れているのはどうしてだ? そうだ魔法だ。思い出した、俺、魔法が使えるぞ。

 でも何で使えたんだ? 魔法適性はないはずだぞ。

 いや、適性ならあった。判定の羊皮紙を見返す。生活魔法だけど金級だ。

 生活魔法では攻撃できないと思い込んでいたせいで落ち込んでいたけれど、俺はこの適性でも実際に攻撃ができていた。どういうことだ。生活魔法の(ことわり)を曲げたのか、それとも何らかの力を以て適性のなさを捩じ伏せたのか。まあ正直どちらでもいい。魔法の属性や発動する理屈なんて関係なく、使える魔法は存分に使えばいいのだ。適性判定はあくまで成長のしやすさを診断するものであって、今日使えた魔法が明日使えなくなったりはしない。

 とは言え発動する理屈は知っておかないと、いざという時に不発になったら危険だ。俺はどうやって魔法を使った? 思い出してみろ。

 (ひらめ)くものがあった。よし、明日は狩りがてら、これを確認してみよう。


 こうして、俺の激動の一日が終わった。


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