17 チートはないのか
「そっか……。じゃあ逆に、生活魔法の利点とか活躍できる場面とかは?」
「利点は何と言っても扱いやすさだな。とにかく同じことをするのに魔力効率がいい。たとえば水を飲みたい時、桶や樽に向けて水魔法を撃ち込むのと、生活魔法で同じ量の飲み水を出すのでは、消費する魔力が半分以下だ。これがお湯になると更にお得で、水と火の二つが必要なところを生活魔法なら一回で済む。魔力が少なくて済むってことは魔法の規模が小さいのと同じことだから、発動速度も早いし制御も比較的安定するし、必要ならその節約分を連発に回すことも出来る」
「それは案外いいな」
「あと、出来ることの種類だけはべらぼうに多いのが特長だ。で、これらの利点が活きる場面となると、まあ誰に聞いても長旅と答えるだろう。水を出せるなら飲み水の持ち運びを減らせる。水は必需品なのに重くて嵩張るから、それを圧縮できるのはとても大きなメリットだし、水場を無視して直進することで旅程の短縮を図る人もいる。捕らえた獲物を解体調理するのも生活魔法が使えるし、食べられる野草を鑑定するのなんかも生活魔法だ。工作も出来るから、慣れれば武器防具や馬車の修理までできる」
「便利は便利なんでしょうけど、地味っすね……」
「敵をやっつける方向の活躍は難しいが、罠解除や忍び足なんかを覚えれば非戦闘員としての冒険者活動は出来る。遭難しても滅多に野垂れ死にはしないし、必要な荷物が減る上に道中の快適度が段違いだから、荷物持ち兼任で一人入れている冒険者パーティもあるぞ。正規メンバーではないにしても遠征時のヘルプ要員としての需要は案外あって、遠征が出来るようなパーティは基本的に腕利きだから、それなりの実入りはあるようだ。運が良ければ、安全快適にお金を使える貴族様が旅行の随行員に雇ってくれることもある」
「でも荷物持ちなんだよな」
「魔法に頼らず武術で戦力扱いされるようになれば、そこに生活魔法が加わるのは大きな利点だから、むしろ尊敬されるけどな」
どうあっても、生活魔法自体は戦闘力には入らないようだ。
「そうだ、昨日のお礼をしないとな」
「あー、そう言えばそんな話だったか」
「うちは宿屋だから一泊でどうだ? もちろん朝食付きで……このさい夕食もおごりだ」
「まだ宿を決めていないから、それはありがたいな。ちなみにこの町には暫く留まるつもりなんだが、それぞれ定価は?」
「食事なしの素泊まりで銀貨六枚、朝食付きなら八枚。昼と夜は食堂で別会計だ。部屋で食べたければ対応はするが、メニューの料金と別に、食事を運んだ人間にチップを渡してくれ」
「仕組みは了解した。たぶん延長するが、まずは朝食付きで二泊頼む」
金貨を渡し、お釣りの銀貨二枚を受け取る。
「ところでガナシュさん、昨日は何であんな所にいたんだ? 宿屋の人間が林の中にいるのは唐突というか不思議なんだが……」
「あ、ああ。いや実はな、妻が病気で寝込んでてよ。スープに肉でも入れて栄養をつけさせようと思ったんだが、そういう効果のありそうな肉は残念ながら仕入れられなくてね。別口で入手しようと思ったんだが、慣れないことはするもんじゃないな」
「そういうことか。見かけによらず優しいな」
「見かけは余計だ。宿屋は結構体力勝負なんだよ」
「そうだ、それならいいのがある。これ余り物なんだがどうだ?」
猪の肉を取り出してカウンターに置く。言われて思い出したが、ギルドに売るのを忘れていた。まだしっかり冷えているので鮮度は心配しなくていいだろう。
「おいちょっと待て、これ猪か!? しかも三十グタリ以上あるじゃないか。お前こそこれから大変だろうが」
「俺は狩人だから、これくらいならまた狩れる。仕留めたのが昨日で、今日のうちに食べないと危なそうなんだが、ここ何食か野宿でずっとそいつだったから、さすがに飽きててな。夕食の物々交換と思って食べちゃってくれ」
「そ、そうか。そういうことなら今日のところはありがたく……ちょっと待ってくれ、ならこれを持って行ってくれ。客が置いて行ったロッドで、まあまあ使える物のはずなんだが、武器の目利きは専門外でね」
「ではお言葉に甘えてありがたく。また夕食の頃に来る」
「おう、待ってるぜ。こっちこそ肉ありがとな」
俺はガナシュに礼を言って建物から出た。
その後も俺は町の中をふらふら歩いていた。もともと特に目的がなかったというのもあるが、何よりも現実を受け入れるための時間が欲しかったのだ。
この世界での目標を魔法で無双することに決めたのに、その第一歩で思いっきり躓いてしまったのだ。その脱力感は自分で考えていた以上に大きかった。転生してきた直後は生きるだけで精一杯だったが、町に出て来た今はそこまで逼迫していないのも、ショックを引きずっている理由の一つではある。
何にせよ暫くはこの町を拠点にするのだから、道や店を覚えるのは無駄ではないだろう。そんな言い訳を自分自身にして、露店を眺めたり屋台で買い食いをしたり、あてどもなく歩き回った。ただしその範囲は慎重に選んで、治安の悪そうな所には踏み入らないように気をつけていたが。犯罪に巻き込まれるのは今朝の誘拐騒動だけでお腹いっぱいだ。
やがて俺は町を一周し、ギルド近くの広場に戻って来ていた。段差に腰掛けて人々を眺めながら黄昏ているうち、気がついた時には本当に黄昏時になっていた。
そろそろ宿屋に戻ろう。
食事はこのところずっと猪肉だったが、それはガナシュさんにあげてしまった。寝る場所も野宿はあまりしたくない。第一、西門の存在を教えられているのだから、次に町の外で野宿していたらドジーさんに蹴飛ばされるだろう。
しかし、今の俺には蛇を売ったお金がある。お金があれば食事も頼めるし宿もとれる。今の手持ちでは五日ももたないし、何か装備でも買えば一瞬でなくなってしまうが、今日のところは宿に泊まれる。そして今日の宿屋は既に決まっていた。




