12 入町税
「さ、さて。お前さん、どこかの身分証はあるか?」
「ああ悪い、森から出てきたばかりで、そういうのは何もないんだ。どういう決まりなのかから説明頼む」
「別に悪くはないさ、それならそれでたくさん通行税をいただくだけの話で、むしろお得意様だ。じゃあ書類を作るから答えてくれ。名前はエージだったか。性別は男でいいよな。生年月日は?」
「俺は37歳のつもりなんだが、訳あって記憶が少しおかしくてな。この体は13歳くらいのようだから、13年前の今日ってことにしといてくれ」
「よくわからんが、田舎の人間で自分の誕生日を知らない奴は結構いるから、適当でも問題ない。今日でいいんだな。じゃあ一〇九三年の二月二十日(仮)、と」
今日は一一〇六年の二月二十日なのか。コンビニに駆け込んで新聞を手に取り〝一一〇六年だと……!?〟と呟いて呆然とするタイムトラベルごっこをしたかったところだが、この世界にはコンビニどころか新聞もなさそうだ。
「出身地は?」
「この世界に来て最初の記憶があるのは、ここの南の森だ」
「バステラの森、と。職業と、もしあるなら身分は?」
「まだ働いたことはない。獣を狩って食いつないでいたから、強いて言えば職業は狩人になるだろうか。須ノ森という名字は覚えているけど、それは身分ではなさそうだ。両親の国はほぼ全員が名字を持っていたから」
「じゃあ身分は平民にしておく。職業は狩人と。髪は栗色で、目は……おやオッドアイか。オッドアイは神から何か授かった印だと言われているが、まあ迷信みたいなもんだ」
それなら迫害されたりはしなさそうだな。
「目立つ痣や入れ墨・焼き印なし、身体欠損なし、特別な耳・角・羽・尻尾等いずれもなし、と。種族はヒュームでいいのかな?」
「それで構わないが、角や尻尾持ちはよくいるのか?」
「ぼちぼちだが珍しくない程度には見掛けるぞ。……よし、これが仮の身分証だ」
聞かれた内容が書かれ、最後に「ラミスク南門ドジー」と焼印がされた、鉋くずよりは少しマシ程度の粗末な木板を渡される。まあ仮ならこんなものだろう。
「これでやっと説明に入れるぜ。まあ今は暇だ、ゆっくり聞いていけ。普通、町に入るには通行税を払ってもらう。この国では十三歳から大人だから、君は大人料金だな」
「しまった! 誕生日を一日ずらせば子供料金で済んだのに!」
「ハハハ。そういう正直さは個人的には嫌いじゃないが、十三歳と申告したのはそちらだし、今日が誕生日でいいのか聞き直したぞ。もう発行しちゃったから変えるのはナシだ。大人は大人で子供じゃできないこともあるから、それだけの価値はあると思ってくれればありがたい。で、君は大人一人で馬車も荷車もなく、どこの身分証もないという分類になるから、銀貨三枚になる。氷は規定がないからいくら大きくても非課税でいいだろう」
ああそうか、商売だと判断されれば追加の関税がかかるのか。
「猫は?」
「猫? あの黒猫、お前のだったのか? 猫は無税だし、とっくに入って行っちゃったぞ」
「いや聞いてみただけだ。あの猫は勝手に付いて来ただけで俺の飼い猫ではない」
「そうか、では話を続ける。通行税は本来なら町に入る時の前払いで貰うんだが、路銀を使い切ったとか盗賊に襲われたとか他国の通貨しか持っていないとか、いろいろ事情があって手持ちの現金が足りない人間もいる。なので町の中で工面できると認められる場合、出る時の後払いにできる制度もある。エージ君は現金がないからその獲物を売ると言ってたな」
「ああ、だから後払いにできるならそうしてほしい」
俺の知っている話だと、異世界転移して最初の町に入る時に一悶着ってのはよくあるらしいが、それは避けられそうだ。ドジーさんの言う通り一時的に持ち合わせのない人間は他にもいるだろうから、なかなか合理的な制度が考えられているようだ。
「了解した、そいつなら売れば十分に賄えるだろう。だが、通行税の後払いをせず無料で出る方法もある」
「なんとなくわかった。町民として登録しろってことか?」
「察しがいいな。その仮身分証を市民ギルドに出して正式な身分証に変更するんだ。登録料は同じ銀貨三枚だが、一年間は町を出入り自由になる。しかも近隣の町と提携しているから、隣町に入る時も割引がきく」
「それはお得だな。デメリットはないのか?」
「来年になったら更新料がかかる、また銀貨三枚だ。他にデメリットは何もない。せいぜい、お前がお尋ね者になった時にはその身分証の内容で手配されるから、犯罪者になるなよってくらいだ。他の国で使えるかは保証しないが、それはメリットがないだけの話でデメリットではなかろう」
「そういうことなら何も問題ないな」
「どうせ市民ギルドに行くんだろ? その時に町民登録もお願いしますって言うだけだから、大した手間じゃないさ。ちなみに町の中で仮身分証をなくした時は、出る時に銀貨五枚だから注意しろよ。ま、その時は正式な身分証を再発行した方が安い。犯罪者は身分証が使えなくなって再発行もできないから、割増料金で出ようって奴は町内で何か犯罪をした可能性が高いって寸法だ」
「なるほど良くわかった。……ところで俺以外の通行人が全然いないな。もう少し話に付き合ってくれないか?」
「良かろう、なら茶を淹れる」
こちらは森から出て来た田舎者ということになっている。今ならどんなに変な質問をしても恥にならないだろう。何も知らないふりをして、というか実際に知らないので、聞ける時に聞いておいた方がいいと思い、生活に直結する度量衡についていろいろ聞き出した。このへんはなぜか異世界翻訳が働いてくれないから、自分で換算しないと把握できないのだ。
まず通貨はラプタリア銅貨・銀貨・金貨が流通していて、それぞれ十倍ずつ。感覚としてはそれぞれ百円・千円・一万円と思っておけば近いようだ。銅貨の下の鉄貨や、金貨の百倍のミスリル貨もあるが、あまり使われないということだ。ドジーさんは「ミスリル貨を使うのは大商人か貴族くらいだな。そんな大金持ちになってみたいものだぜ」と言っていた。
他にも五倍の価値がある大銅貨や大銀貨があるが、認知はされているものの使われることは少ないという。理由は簡単で、単純に大きさも五倍だからだ。ここでは金属の価値で貨幣が成り立っているから当然だな。それと宰相が思いつきで作った二倍銀貨というのもあるらしいが、誰も使わなかったため廃れたそうだ。
暦は一週間が五日、それが六週間で一ヶ月。この世界の神は四日で地形を作って一日休み、次の四日で動植物を作って一日休んだらしい。一年は十二ヶ月だが、農耕暦なので一月が太陽暦の三月頃にあたる。時間帯は日の出から朝・午前・昼・午後、日没から夜・深夜・未明・早朝。計測手段がないので正確なところはわからないが、一日の長さは地球と大差なさそうだから、朝の始まりを六時として一区切りが三時間と思っておけば足りるかな。それぞれを早いうち・真ん中へん・遅い方と三分割するのが最小単位らしいので、それが一時間だろう。逆に言うと、それより細かい時間は誰も分からないということだ。時計がないらしいので仕方ない。
重さは一グタリが凡そ百グラムというのが唯一の尺度。体積も水量換算のグタリで表すことが多い。長さは一フタヤが百八十センチほど、一デシメが拳の横幅というから十センチ程度か。距離は五ツブで一ヤミル、一ヤミルは約千五百メートル。温度は水の凝固点が〇度・沸点が百度というから地球のセルシウス度互換と思っていいだろう。
まだ忙しさは大丈夫そうだったので、最後に地政学も聞いてみた。ここラミスクはラプタリア王国の王都から馬車で北西に十日ほどの辺境に位置する町だ。治めているレナリア子爵は内政についてはそこそこ腕が立つようで、国内で五番目くらいに栄えているらしい。地理的な要衝でないことを考慮すれば驚異的だとも言っていた。隣の漁村から塩や魚が手に入るため、物価も比較的安いという。ラプタリア王国はユル大陸三大国家の一つで、魔法の有用性にいち早く気付き利用したことで西側の大部分を統治するに至っており、近隣の小国であれば貨幣もそのまま使えるらしい。魔法で勢力を広げた国ってことだと、力のある魔法使いは戦争に動員させられそうだが、俺には関係ないだろう。
あと市民ギルドとは別に貴族ギルドというのがあって、そっちは名前通り貴族の護衛や贅沢品の売買などを主に扱っているそうだ。市民ギルドが貴族ギルドに用を頼むことは滅多にないが、貴族ギルドから市民ギルドに依頼が出ることはあるらしい。とは言え貴族ギルドの発注はとても条件が渋いそうで、貴族とのつながりを求める人以外はまず受けないという。
「色々ありがとう。ためになった」
「俺も暇つぶしができて良かったよ」
「じゃあ忠告通り、まずは市民ギルドに行ってくる。また今度」
「ああ、また今度」
氷をごろごろ転がしながらギルドに向かう。そう言えばこの氷、あれだけ長話をしてたのに全く溶けていなかったな。マイナス五度を指定していたから、普通ならだいぶ溶けていたはずだ。やはり解除するまでは指定の状態が続く魔法なのだろうか。
通貨以外の単位系は必要に応じて併記するので覚えなくても構いません。
ただ複雑にすると作者も混乱するので換算は簡単ですし、単位名も覚え方があります。たとえばデシメはデシメートル(1mの1/10==10cm)。
そして1ツブは300mです。




