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心の鎖  作者: momo
四章 イクサーンの春
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知らない秘密



 レオンは城に戻るなり今朝イオを伴った図書室へと再度向かった。


 城に勤めを置く者でも高位貴族や王族だけが許される、歴史的にも貴重な本や資料が所狭しと並べられた空間。その最奥の一角に目的の資料はあった。


 取り出したのは初代国王カオスの代より記された王家の家系図。カオスの血を引く者の名と生没年などの細かな情報が記されたそれは、宝剣を継ぐ王家がその血の流れを確実に把握するために作成され続ける代物だ。最も新しい追記はレオンの欄で、『除籍』の文字が記されていた。


 宝剣を受け継いだ事により生まれる争いを回避する為に、王となる人間以外が宝剣を受け継いだ際は過去の人間全てが婚姻と子を持つ権利を拒否していた。当然レオンもそのつもりであるが、たとえ除籍されても子を成せばその名が記され、血が受け継がれれば更に名が記される。王家の血筋の者たちはそうやって全ての名が記され続けているが、あまり多くの子を残さないものが多いせいか途中で断絶となる血脈が多々あった。


 レオンの記憶によれば行方知れずとなった初代王の血筋は一人もいなかった筈である。完璧に把握していると思われた家系だがそうではなかったのか。何処かで子を成し秘密裏に処理した人間がいるのだろうか。そうして紡がれた命が巡り巡ってレオンの前に現れた?


 強過ぎる魔力を体に封印した状態の娘。

 宝剣に触れ『軽い』と呟きを漏らした言葉に強がりや偽りはない。そもそも大の男が苦悶する程の重さを感じる剣をたとえ馬鹿力であろうとただの娘があのように扱える筈がないのだ。

 そして同時に思い出されるのは、闇の魔法使いとして疑われるアスギルという名の男。その魔法使いが拘る娘がイオであった。


 イオには、彼女自身が知らない何かがある。レオンは見つけた手がかりに縋りつき、家系図を一つずつ遡っていった。


 いったい誰が何処で落とした種だ、それが何故カーリィーンに。イオだけにある特別な能力なのか、それともイオに流れるのと同じ血を有した者が大勢いるのか。


 完璧な家系図と個人情報に注意を払い続けるが、特に目を引く情報は得られない。死産した子が生きて隠されたのか。いや、その様な回りくどい事をする必要が何処にある? 橙色の灯りのもとで古い文字を追う手が止まったのは二代国王の王女の欄であった。


 「出奔のち、死亡?」


 二代国王セリドには王子と王女が一人づつ。王子はイクサーンの三代目の王となるが、王女マキアは十歳の幼さで出奔していた。そして出奔の文字の横にはフィルネスという名と十八という数が記されている。


 「フィルネス―――確か四人のうちの一人であったか。」


 闇の魔法使いを封印し、そして今現在イクサーンとウィラーンにだけ存在する宝剣を生みだした偉大な魔法使い。不可思議な魔法で老いもせず長き時間を生き続けると噂される彼は賢者とも呼ばれている。


 出奔―――行方不明となっているが、もしかしたらそのフィルネスと共に世界を巡ったのかもしれない。マキア王女についてもっと詳しく書かれている書物は無いかとレオンは更に昔の文献を探ると、母親の力を色濃く受け継ぎながらも魔力の制御が出来ない王女の姿が浮かび上がって来たが、どのように死が齎されたかは何処にも見当たらなかった。

 死亡の記載があるのにこれ程曖昧な状態は他ではない。臣下に嫁ぎ王家を離れた者ですら細かな経緯が語られているのに、マキア王女に関しては謎のままとなっていた。


 イクサーンの初代国王カオス。ウィラーンの王ラインハルト。偉大なる魔法使いで賢者と呼ばれるフィルネス。そしてカオスの子であるイクサーン二代目の王の妃となった魔法使いセラ。

 イクサーン王家には闇の魔法使いを封印した英雄二人の血が流れているが、その後の文献を読み漁ってもマキア王女のように有り余る魔力を有した存在は皆無であった。思い起こせば自分も兄も、そして父王や祖父もほとんどが魔法など使えやしないが、騎士であったカオスの血は現代まで色濃く受け継がれている。イクサーンにも過去には魔法使いに対する迫害はあったがそれは本当に初期の時代であり、知らぬ間に自身の魔力を封印してしまう様な環境にはなかった筈だ。


 本当に十八で死んだのか。それとも十八には他の理由があるのか。イクサーンの宝剣を受け継ぐ権利を有した者が王家以外にも存在する事実があるのかないのか。父王は何処まで把握しているのか、していないのか。

 レオンは大きく息を吐き出しながら瞼を閉じるとこめかみを押した。


 イオはそれ程気にはしていない様子だが、闇の魔法使いに最も近い位置にいると思われている重要人物である。しかもそれだけではなく、彼女自身は使いこなせていないが強大な魔力を有しているのだ。


 「イオ、君は何者なんだ?」


 レオンは父王より賜った宝剣を握り締める。

 魔法使いフィルネスが闇の魔法使いの復活を恐れ紡ぎ、同士カオスに託した聖剣。カオスの血を引いた者だけが名実ともに手にし使いこなせる不思議なこれは、レオンらカオスの血筋が持つには羽の様に軽い代物だ。けれどそうでない者には鉛の様に重く片手で手に取る事も、まして鞘から抜き去る事すらも叶わない王の印であった。

 

 もしイオが権利を有するものだったとして。だからと言ってレオンの何かが大きく変わるわけではない。それよりも変わるのはイオの方だ。カーリィーンという魔法使いが迫害を受ける国に育ったイオはイクサーンで自由を手に入れようとしている。その障害となっているのはイクサーン王家で、もしイオが何処からか漏れた王家の血を引く一人だとしたら、彼女の力と背景から間違いなく周囲を固められるだろう。父王は非道ではないが甘くもない。闇の魔法使いの脅威が消えない今、イオは間違いなく受けなくてもいい責務を押し付けられる。

 

 レオンは古びれた書物をぱたりと閉じた。


 自分は何をしようとしているんだ。心内にだけ留めておけばいい、それだけの問題なのに。

 ただ側にいる権利を有さない自分にも事実を突きつめた先に少なからずの繋がりを求められるのではないかと、狡猾にも心のどこかで計算してしまっていた。手に入れられない代わりに離れる必要のない結びつきを求め、算段を立てた己に後悔の念を抱く。


 「心はこちらに向いてすらいないというのにな―――」


 冷静になると滑稽でならなかった。彼女が見つめるのは何時も決まった相手で、ずっと前から気付いていたというのに。初めて会った時からイオはアルフェオンの姿を認める度にほっとして安堵の息を漏らす。誰に余所見をするでもなく駆け寄り距離を縮める様を、真っ先に向ける笑顔を羨ましく感じていた。


 数多の女人に言い寄られる己がまさかこの様な感情を抱く日が来るとは想像すらしていなかった。しかも相手はただの小娘、絶世の美女とかいう存在でもない。確かに淡い紫の瞳は珍しいが他にいない訳でもないし、瞳の色に捕らわれた訳でもなかった。

 溢れた魔力にやられたままなのか、それならいつ覚めやるのだろう。


 乱雑に扱い散らばった貴重な書物を一冊づつ手に取り元に戻していく。最後に家系図に視線をとしたが、無言で首を振るとぱたりと音を立てて閉じた。





 *****


 レオンが怒っているのではないとイオには解っていた。けれど様子がおかしくなったのは間違いなく自分のせいだろう。イオが剣に粗相をしでかすまでは和やかな雰囲気だったのだから絶対にそうだ。


 許してくれたのはイオの後ろにアスギルがいるから? 疑いが解けていないのは解っているけど、自分なんかに遠慮して腫れ物に触る様に扱われるのは正直辛い。


 俯くイオを前にアルフェオンは暫く考えた後で、「君のせいじゃないよ」と優しく諭してくれるがとてもそうとは思えなかった。


 「恐らくレオンは自分の立場に動揺したんだ。」

 「動揺―――?」


 立場に動揺……いったい自分は何をしでかしたんだと頭を抱えて悶絶する。そんなイオの様子にアルフェオンは安心させるように笑ってから、イオが淹れてくれたお茶に口をつけた。


 「レオンはね、剣に触れた程度で怒る様な奴じゃない。それよりも仕事を放り出し、気晴らしに森へ行こうとしていた自分の愚かさに気付いて反省したんじゃないのかな。何せそれに付き合わされる私も仕事を放り出す羽目に陥るし、無断で城を出て来たのであればエディウ殿を始め多くの人間に迷惑をかける。今更だが騎士団長としての自覚に目覚めたのかもしれないね。」

 「そう、なのかしら―――」


 だから剣をアルフェオンに差し出したりとか、イオにとっては意味不明な行動をとっていたのだろうか。


 唸りながら首を捻るイオにアルフェオンは事実を話さない。イオを動揺させる様な事はしたくなかったし、突き詰めても恐らく答えは出ないだろう。それに突き詰めた先にある事実はイオの望まぬ結果である事が大いに予想され、同時にそれはアルフェオンの望むものでもなかった。


 悩むイオに「大丈夫だから」と笑顔で諭す。


 「悩む程の事でもない、それよりじきに日も暮れる。私も手伝うから食事の支度を始めるとしようか?」

 「いけない、イグがお腹を空かせて戻って来るんだったわ!」


 イオは暗くなり始めた窓の外に気付いて悲鳴を上げると慌てて茶器を片付け始める。アルフェオンもそれを手伝い、その後は二人揃って台所に立った。







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