第9話 壊した舞台は自分で直す
王都近郊の広場は、舞い上がった土煙が落ち着くにつれて、奇妙な熱気に包まれていた。
中央に組まれていた祭りの舞台は、英雄四人の「戦闘反射」による過剰な救助劇の末、見事に倒壊してただの木材の山と化している。
だが、落下した子どもが無傷で助かったことと、勇者カイルが頭に花飾りを乗せて必死に子どもをあやしたその不器用な姿が、広場の空気を恐怖から安堵へと変えていた。
とはいえ、当の英雄たちはそう簡単に割り切れないらしい。
「……俺たちがいると、また何かの拍子で被害を広げてしまうかもしれない」
頭から花飾りを下ろし、カイルが重々しい口調で切り出した。
「子供が助かったのは不幸中の幸いだが、これ以上祭りの邪魔をするわけにはいかない。俺たちは、ここから撤退しよう」
バルド、ティナ、エステルの三人も、気まずそうにそれに同意の視線を向けた。
戦場であれば、作戦目標(人命救助)を達成し、自軍の存在がリスクになる(被害を拡大させる)と判断した時点で、速やかにその場を離脱するのは指揮官として百点満点の判断だ。
「待て」
彼らが踵を返そうとしたところで、俺は前に進み出た。
「お前たち四人が帰ったら、誰がこの瓦礫の山を片付けて、夜の宴の準備をするんだ?」
「え?」
「ここは戦場じゃない。壊して、はい撤退、で終わる場所じゃないんだ」
俺は倒壊した舞台の残骸を指差した。
「さっきも言ったが、まだ手伝える。何をすればいいか、まず聞こう」
「だが……俺たちがこれ以上手を出せば、また……」
「なら、俺たちも手伝おうじゃねえか」
カイルの言葉を遮るように、野太い声が響いた。
声の主は、今回の祭りの舞台設営を取り仕切っていた地元の木工職人――初老の棟梁だった。彼は腰のハンマーを叩きながら、ニヤリと笑った。
「流石にこの量を俺たち大工だけで一から組み直してたら、日が暮れちまう。だが、勇者様や剣聖様のその馬鹿力があれば、夕方には元通りになるかもしれねえ。どうだい、手伝ってくれるか?」
「……俺たちの力でも、役に立つのか」
「当たり前だ。ただし、暴走しないように俺の指示通りに動いてもらうぜ」
棟梁の言葉に、カイルの顔にパッと光が戻った。
戦う以外のことで、誰かに必要とされた。それが、役割を失いかけていた彼にとっては一番の特効薬だったのだ。
こうして、祭りの舞台の再建作業が始まった。
「おい、そこの剣聖様! その丸太、ノコギリを入れるからしっかり押さえててくれ! 絶対に動かすなよ!」
「承知した」
バルドは棟梁の指示に短く答え、己の全体重と持ち前の膂力を使って、巨大な丸太をピタリと固定した。
借家で棚を壊した時、彼は「自力で棚を修理しようとして、木材を小刀で均等に切り刻んでゴミに変える」という大失敗をやらかしている。
あの時の教訓が活きているのか、バルドは決して自分から「切ろう」とはしなかった。
「よし、いいぞ。……ん? ここの切り口、少しささくれ立ってやがるな。組む前に角を整えておくか」
棟梁が鉋を当てようとして舌打ちをした時、バルドが静かに小刀を抜いた。
「棟梁。ささくれを削ぎ落とすだけなら、私の間合いだ。やっていいか?」
「お、おう。平らに、薄くだぞ」
バルドは真剣な眼差しで木材の接合部を見つめ、シュッ、と小刀を一閃させた。
髪の毛一本分の厚さの木屑が舞い落ち、接合部はまるで鏡のように滑らかな平面へと変わった。
「……どうだ」
「すげえな! こりゃ鉋をかける手間が省けたぜ!」
「……そうか」
バルドは短く答えただけだったが、その口元は微かに、しかし確かに緩んでいた。
彼の剣技はまだ何かを「一人で作る」ことはできない。だが、他者の手と組み合わさることで、壊すのではなく「残すための技術」として機能し始めていた。
「レグさん。カイル様の方も順調ですよ」
横で記録をつけていたマヤ実務官が指差した先では、カイルが数人の若い大工と一緒に、ひたすらハンマーで釘を打ち込み続けていた。
陣形を指示するでもなく、一人で全部やろうとするでもない。彼はただの「腕力の強い大工の一人」として、汗だくになりながら木材を繋ぎ合わせていた。
やがて、太陽が西の山に沈みかけ、広場に夕闇が迫ってきた。
「さて、あとは照明だが……ティナ様、お願いできるかい?」
「任せてちょうだい!」
再建された舞台の四隅に設置された魔導灯の前に立ち、ティナが腕まくりをした。
これまでの彼女なら、「広場全体を昼間のように明るくする」という最高効率を求めて、第六階位クラスの光魔法をぶっ放していたところだ。
だが、停戦館の風呂場で「最小出力試験」を経験した彼女は、自分の指先に宿る魔力流を慎重に制御していた。
「熱への変換効率を下げて、純粋な光量のみを抽出。周囲の提灯の光と干渉しないように、波長を調整……」
ポッ、と魔導灯に明かりが灯る。
しかし、それはあまりにも弱々しく、すぐにチカチカと点滅して消えてしまった。
「あれ? 出力を絞りすぎたわ。もう一回!」
再度魔力を送り込む。今度はパァッと眩い光が放たれたが、数秒で熱を持ち始め、ガラスのカバーにひびが入りそうになる。
「だめだめ、これじゃ明るすぎるし、火事になっちゃうわ! あーもう、弱く撃つって本当に難しいわね!」
頭を掻きむしりながら、何度も何度も魔力出力を微調整する大魔導士。
その隣では、エステルが「お疲れ様です、冷たいお茶をどうぞ」と、治癒魔法を使う代わりに、木樽から汲んだお茶を職人たちに配って回っていた。
そして日もすっかり落ちた頃。
ティナの調整がようやく完了し、舞台の四隅に、眩しすぎず、祭りの温かい雰囲気を壊さない、柔らかで安定した光が灯った。
「完成だぁぁっ!」
棟梁の叫び声とともに、広場にいた全員から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
急造の舞台は、棟梁が柱と床の強度を確かめた。無事だった材を優先したせいで、飾り板の色と高さはちぐはぐだ。
だが、そんなことは誰も気にしていなかった。
舞台の上で楽団が軽快な音楽を奏で始め、住民たちが花飾りを手にして踊り始める。
俺とマヤは、広場の端の屋台で買った串焼きをかじりながら、その光景を眺めていた。
「……面白いものだな」
俺が呟くと、マヤ実務官が「何がですか?」と首を傾げた。
「あの観客たちの顔だよ」
住民たちは、酒を飲みながらゲラゲラと笑い合っている。彼らの話題の中心は、英雄たちの超絶的な身体能力や救助劇ではなかった。
『見たか? あの剣聖様、棟梁に「釘の打つ場所が違う!」って怒られて、シュンとしてたぞ』
『大魔導士様も、提灯の光一つに手こずって、ブツブツ文句言ってたわね』
『勇者様なんか、さっきからずっと子供たちに「お花のお化けやってー!」ってせがまれて逃げ回ってるぜ』
観客たちは、戦闘で活躍する神格化された彼らよりも、不器用に失敗しながら、一緒に舞台を直してくれた彼らの姿を面白がり、親しみを持っていた。
「彼らは、もう雲の上の英雄じゃない。少し力が強くて不器用なだけの、ただの隣人になりつつある」
俺は、子どもたちに囲まれて困り果てているカイルや、串焼きを嬉しそうに頬張るティナの姿を見た。
彼らはまだ、平和な世界のルールの入り口に立ったばかりの素人だ。力を制御することの難しさを知り、壊す側から「直す側」へ参加する喜びを、ようやく覚え始めたところだ。
だが、その第一歩は、確実に踏み出されていた。
「私たち適応室の初動としては、まずまずの成果と言えるでしょう」
マヤ実務官が、珍しく微かな笑みを浮かべて記録用紙を閉じた。
「ああ。だが、彼らが本気で『日常』を生きるなら、次に来るのはもっと現実的な問題だ。労働とか、社会の仕組みとか、な」
俺は最後に残った肉を噛みちぎりながら、心地よい疲労感とともに、夜空に響く祭りの音楽に耳を傾けた。




