第10話 庶民派英雄、売れます
春の花祭りから数日後。王都は、これまでにない奇妙な熱気に包まれていた。
発端は、王都の最大発行部数を誇る新聞の朝刊と、大通りに貼り出された数枚の『魔導写影』だった。
魔導写影とは、光と魔力を特殊な紙に定着させ、風景をありのままに切り取る近世の最新技術だ。高価な機材が必要なため、主に大商会や新聞社、王国の官庁しか扱えない代物である。
その魔導写影に、春の花祭りの様子がデカデカと掲載されたのだ。
だが、そこに写っていたのは、魔王を討った神々しい大英雄たちの姿ではなかった。
『剣聖様、木材の寸法を間違えて地元の棟梁に叱られる』
『大魔導士様、提灯の光の調整に悪戦苦闘』
『勇者様、花飾りをつけて子供のお化け役に』
記事の見出しとともに、しょんぼりと肩を落とすバルドや、ガラス管を睨みつけて唸るティナ、そして頭に不格好な花飾りを乗せて変顔を作っているカイルの姿が、鮮明な画像として王都中の人々の目に触れることとなった。
「……おい、レグ。これはどういうことだ」
停戦館の事務室で、新聞を広げたカイルが顔を真っ赤にして震えていた。
「俺のこんなマヌケな顔が、王都中の酒場で笑い者にされているのか……!? 騎士団の連中に合わせる顔がないぞ!」
「私の写真には、切る場所を示した墨線が写っていない。これでは指示も聞かずに失敗したように見える」
バルドは新聞を裏返し、訂正図を描ける場所を探していた。
「落ち着け、早まるな。誰も王都の中心でお前たちを馬鹿にしているわけじゃない」
俺は新聞の投書欄や、マヤ実務官がまとめてきた街の声の報告書を指差した。
「反響はすさまじいぞ。だが、それは『失望』じゃない。『親近感』だ。お前たちは今まで、強すぎて遠い存在だった。だが、不器用に失敗しながらも祭りの舞台を直そうとする姿を見て、市民たちはお前たちを『自分たちと同じ、血の通った人間なんだ』と認識し始めたんだよ」
事実、市場での買い物の際、カイルに向けられる視線は「恐怖と畏敬」から、「ちょっとドジな力持ちの兄ちゃんを見る目」に変わりつつあった。
「まあ、悪い気はしないわね。魔法を怖がられるより、どんくさいって笑われる方がずっとマシだわ」
ティナがゼリー寄せをかじりながら、少しだけ嬉しそうに言う。エステルも「ええ、街を歩いていても、以前より声をかけられやすくなりました」と微笑んだ。
俺たち平和適応室の初動としては、彼らを市民の日常に溶け込ませるという目的を十分に果たしていた。
――だが、事態がそう簡単に、そして平和裏に進むほど、戦後の社会は甘くはなかった。
「その記事のことで、相談に来た」
扉の前に立っていたのは、戦後復興院・英雄事業部長、ラザル・フェルンだった。白髪交じりの髪を撫でつけた男で、小脇には俺たちの新聞と同じものを抱えている。
マヤが席を勧めると、彼は食卓の端へ一冊の企画書を置いた。
「舞台を直す姿を見て、慰問にも来てほしいという声が増えた。商会からは、写影集を出したいとの申し出もある。実施できるものを相談したい」
表紙には『平和な英雄の一日』。見本の頁にはカイルの花飾りが大きく載っていた。
「この顔が、一日分か」
カイルの声が弱くなる。
「ずっと同じ顔をしていただく必要はない」
「そこを心配しているんじゃないと思います」
マヤの指摘に、ラザルは咳払いを一つした。
「……失礼。日常の仕事や食事を取材する企画だ。これまでの戦勝記念品とは、違う人たちにも届くだろう」
「こいつらは、その日常を覚えている途中なんだぞ」
俺が言うと、ラザルはうなずいた。すぐには反論せず、企画書の間から二枚の写影を出す。
一枚は、新しい屋根がついた戦災孤児院。もう一枚は、川の途中で止まった橋脚だった。
「孤児院の屋根は、四人の記念メダルの使用料で直せた。橋は次の工区の予算を待っている。英雄事業の収入には、すでに行き先がある」
エステルが孤児院の写影を引き寄せた。
「訪問した時は、まだ雨漏りがしていました」
「今は寝台を動かさずに眠れるそうだ」
ラザルは橋脚の写影へ目を落とす。
「だから、収入を増やせる機会は検討したい。もっとも、皆さんが倒れる日程を組めば事業自体が続かない。それも承知している」
彼の指が止まった橋脚を押さえていた。数字だけを見に来たわけではないらしい。だが、橋の続きを四人の明日で埋めてよいかは、別の話だ。
「まずは職業実習を優先させてくれ。予定はこれから本人たちと決める。取材で埋められたら、試す暇もない」
「期間は?」
「実習の一巡が終わるまで、密着企画は待ってほしい」
ラザルはマヤを見た。彼女は手帳を開き、受け入れ先と相談中の日程を示す。
「途中で広報用の報告は出せます。取材を入れる場合も、実習先と四人の都合を確認します」
「分かった。では報告を待とう。企画は取り下げず、次の会議まで預けておく」
彼は写影をしまった。孤児院の屋根と、渡れない橋。その二枚だけが、しばらく机に残っているように見えた。
扉が閉まると、カイルが重い息を吐き出して椅子に崩れ落ちた。
「……俺たちの平和は、随分と高くつくらしいな」
「気にするな」
俺は黒板の前に立ち、チョークを手にした。
「橋のことは無視できない。だが、お前たちの明日も無視できない。まず、やってみたいことを聞かせてくれ」
俺は黒板に『適職診断』と大きく書き殴った。
「いいか。お前たちは今まで『魔王を倒せる』という欄しか履歴書に書けなかった。だが、世界を救った後の方が、人生はずっと長いんだ」
カイル、エステル、バルド、ティナ。四人の顔を順番に見据える。
「お前たちに、魔王を倒す以外に何ができるのか。自分は何をやりたいのか。明日から、それを見つけるための戦いを始めるぞ」
カイルは受け取った用紙を裏返した。何も書いていないと確かめ、もう一度表へ戻す。
その横で、花飾りをつけた新聞のカイルだけが、気楽そうに笑っていた。




