↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様、まず剣を置いてください。~魔王を倒した最強パーティーが買い物で詰むので、元魔王軍の俺が生活係になりました~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/50

第7話 敵の資料で夕飯を作るな

「腹が……減った……」


 日がどっぷりと暮れた停戦館の事務室で、勇者カイルが長机に突っ伏してうめき声を上げていた。


 隣では剣聖バルドが腕を組んだまま石像のように沈黙し、大魔導士ティナは虚ろな目で宙を見つめ、聖女エステルに至っては「もう、一歩も動けません……」と泣きそうな顔でテーブルに頬をくっつけている。


 無理もない。


 朝から皆で停戦館の後片付けをした。塹壕の埋め立て、焦げた厨房のすす払い、倒れた松の木の運び出し。昼にパンを食ったが、慣れない作業に夢中になり、気づけば夕食の時間を過ぎていた。


 戦闘能力は世界最強でも、慣れない「後片付け」という地味な作業は、彼らの腹を揃って鳴らしていた。俺も脚立の上り下りで膝が笑っている。


「お前たち、その程度の労働でへばるとは、平和な世界では随分とひ弱になるんだな」


 俺が厨房から声をかけると、カイルが恨めしそうに顔を上げた。


「俺たちは魔王の城でも三日三晩不眠不休で戦い抜いた。だが……腹が減っている時に、平和な場所でスコップを握り続けるのは、魔王軍の幹部と戦うより精神が削られるんだ……」


「そうかよ。じゃあ、さっさとこれを食って回復しろ」


 俺は大きめのトレイに料理を乗せ、長机へと運んだ。


 途端に、四人の目が猛禽類のようにギラリと光った。


「飯か!」


「待ってましたわ!」


 身を乗り出す四人の前に、俺はそれぞれ別の皿をコトン、コトンと置いていった。


「マヤ実務官はパンを切ってくれ。俺の皿もそこにある。今日は皆で同じ時刻に食えるな」


 そう言いながら、俺は各自の前に料理を並べた。


 カイルの前には、こんがりと焦げ目のついた厚切りのチーズパンと、丁寧に脂身を取り除いて香草で焼き上げた鶏肉。


 エステルの前には、クタクタに煮込まれた根菜の甘みが引き立つ、胃に優しい温かなポタージュスープと白パン。


 バルドの前には、噛みごたえを残した厚切りの豚肉のロースト。


 ティナの前には、片手で食べられるようにサイコロ状にカットされた、魔力回復に効く甘酸っぱい木の実と果実のゼリー寄せと、つまみやすい一口サイズのサンドイッチ。


 テーブルに並んだ自分たちの皿を見た瞬間、四人は息を呑んだ。


「……素晴らしい」


 カイルが、神を見るような目でチーズパンを見つめている。


「このチーズの焦げ具合……完璧だ。それに、肉の嫌な脂身が一切ない。美味そうだ……」


「このスープ、とてもいい匂いです……疲れた胃の粘膜に染み渡るような、優しい香り……」


 エステルがうっとりと両手を合わせる。


「ふむ。これくらい厚い方が、食った気がする」


 バルドが早速サバイバルナイフを取り出して塊肉に狙いを定め、ティナはゼリー寄せを口に放り込んで目を輝かせた。


「すごいわレグ! このゼリー、魔力変換効率の高い果実が絶妙な割合で配合されているわ! しかも片手で食べられるから、本を読みながらでも食事ができるじゃない!」


 四人は夢中になって、それぞれの料理を口に運び始めた。


 戦場のような勢いで料理が消えていく。よほど腹が減っていたのだろう。


「うまい……。レグ、お前、料理の才能があるんじゃないか?」


 カイルが口の周りを拭いながら、心底感心したように言った。


 他の三人も、満足げに深く頷いている。


「まあ、お前たちの好みに合わせて微調整したからな」


 俺が肩をすくめて言うと、カイルの動きがピタリと止まった。


「……ん? 好みに合わせた?」


「ああ」


「待て。俺は、チーズは焦げ目が強い方が好きだし、肉の脂身は胸焼けがするから嫌いだが……そんなこと、お前には言ってないぞ? 市場でパンを買った時も驚いたが……いくらなんでも、俺の味覚を完璧に把握しすぎじゃないか?」


 カイルの疑問に、エステルやティナもハッとして自分の空になった皿を見つめた。


「言われてみれば……私が根菜のポタージュを好むのは、修道院時代のごく一部の者しか知らないはずです」


「私が食事に時間をかけるのが嫌いで、いつも片手で食べられるものを要求していたのも、パーティーのメンバーしか知らないわよ」


 三人の視線が、俺に集中する。


(バルドだけは、まだ幸せそうに肉を噛んでいたが)


 俺は悪びれることなく、腕を組んで鼻で笑った。


「当然だろう。俺は『勇者対策官』だぞ。お前たちの食事の嗜好、睡眠時間、アレルギー、嫌いな香辛料まで、全て俺の頭の中にデータとして入っている」


「……」


 四人の顔から、スッと血の気が引くのがわかった。


「長い夜営の翌朝、お前たちが何を残し、何を取り合っていたか。補給兵の報告にも、捕らえた伝令の話にも出てきた。腹が減れば判断は変わる。だから、調べた」


「……夕飯を作るためじゃ、ないものね」


 ティナがフォークを止めた。


「そうだな」


 自慢げに続けようとして、俺は口を閉じた。うまいと言われたのが嬉しくて、その先のことを忘れていた。


 沈黙が、事務室に降り下りた。


 バルドすらも肉を噛むのをやめ、真顔で俺を見つめている。


「……お前、ストーカーよりタチが悪いな」


 カイルが、心底ドン引きした声で言った。


「最高の褒め言葉だな」


「褒めてない! 俺たちを殺すために集めた資料で夕飯を作るな! 不気味すぎて胃がもたれてきたぞ!」


 カイルが頭を抱えて叫ぶ。


 笑い話のように怒鳴っているが、俺は知っている。その裏にある、冷徹な事実を。


 戦時中、俺にとって彼ら四人は「ひとりの人間」ではなかった。


 カイルが焦げたチーズパンを好むことも、エステルが胃弱なことも、単なる「処理すべき対象のデータ(弱点)」でしかなかったのだ。


 そこに感情はなく、ただ盤上の駒をどうやって排除するかという計算しかなかった。


 だが、今は違う。


「……レグ」


 エステルが、静かな声で口を開いた。


「今日の夕食は、とても美味しかったです。でも、これからは、あなたが私たちの食事を作る必要はありません」


「口に合わなかったか?」


「いいえ」


 エステルは真っ直ぐに俺を見た。


「いいえ。でも、私も他の料理を作れます。昔好きだったものを、毎回用意していただかなくてもいいんです」


「エステルの言う通りだ」


 カイルが立ち上がり、空になった皿を重ねた。


「俺たちは、飼い慣らされた被験者じゃない。だから、これからの昼飯や夕飯は、俺たち四人も含めて、当番制で持ち回りにしよう。自分の生活は、自分で作る」


 その提案に、バルドとティナも賛同の意を示して頷いた。


 俺は呆れてため息をついた。


「お前らな……。風呂を沸かすのに屋根を飛ばす大魔導士と、包丁の代わりにサバイバルナイフで肉を両断する剣聖がいるのに、まともな飯が作れると思っているのか? 厨房が消し飛ぶぞ」


「やってみなければわからないだろう! それに、分からなければお前に質問しろというルールもある!」


 カイルが胸を張って言い張る。


 やれやれ。生活能力ゼロの英雄たちが料理当番など、不安しかない。だが、彼らが俺のデータによる管理から抜け出し、自分たちで『日常』を作ろうとしているのは確かだった。


 俺は肩をすくめた。


「……好きにしろ。ただし、厨房を爆破したら弁償だからな」


 そう言うと、四人は顔を見合わせて、少しだけ楽しそうに笑った。


 バルドが明日の献立を書き出した。肉、肉、肉。ティナが黙って二つを消し、一つを野菜に書き換えた。


 食後。


 四人が「誰が明日の料理当番をやるか(そして誰がいかに危険か)」を騒がしく議論しながら皿洗いをしている間、俺は事務室の隅にある自分のデスクに座っていた。


 引き出しの奥から、一冊の古い手帳を取り出す。


 表紙は擦り切れ、重厚な金属の鍵がかけられた『黒い野帳』だ。


 今日の献立を書いた紙を脇に置き、鍵を開けた。手慣れた略号が並ぶ頁を指で押さえる。書き足そうとしたペンは、結局動かなかった。


「ねえ、レグ。何を書いているの?」


 不意に背後から声がして、ティナがデスクを覗き込んできた。その後ろにはカイルもいる。


「ん? なんだその黒い手帳。……まさか、また俺たちの観察記録をつけているんじゃないだろうな!?」


 カイルが胡乱な目を向けてくる。


 俺はパタン、と音を立てて野帳を閉じ、素早く鍵をかけた。


「……覗き見は感心しないな、大魔導士」


 俺の低く、冷たい声に、ティナとカイルがピクッと肩を揺らした。


 普段の俺の軽口とは違う、本気の『拒絶』の空気を察したのだろう。


「あ、ご、ごめんなさい。別に無理に見るつもりは……」


「ならいい。これは、俺の私物だ。お前たちには関係ない」


 俺は野帳をデスクの引き出しの一番奥に押し込み、さらに鍵をかけて厳重に封印した。


 引き出しが閉まっても、指先に紙の感触が残った。


 夕飯の覚え書きなら、見せれば済む。これは、そういう帳面ではない。


 厨房から皿のぶつかる音がした。俺は鍵を握り直し、そちらを向いた。


「……明日の当番、決まったか?」


「俺がやることになった。肉を焼く以外のことは、教えてくれよ」


「分かった。まず、厨房へ土を持ち込むな。その靴を見ろ」


 俺は立ち上がり、カイルの靴から落ちた土を掃くため、廊下の箒を取りに行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。