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勇者様、まず剣を置いてください。~魔王を倒した最強パーティーが買い物で詰むので、元魔王軍の俺が生活係になりました~  作者: 他力本願寺


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第48話 英雄を担保にしない復興

警報が鳴った日から、十日目。


 ラザル部長は、濡れた外套を脱いでから事務室に入った。橋の現地確認に同行した帰りだという。


 靴についた泥を見たバルドが、黙って入口の敷物を寄せた。


「ありがとう。今日は、二つ報告がある」


 ラザルは書類の束を机に置いた。


 一つは灰潮の被害と復旧費の概算。もう一つは、危機の前から審議していた五年案への回答だった。


「まず被害からだ。北部の水路と道路、家屋の修理は残る。重傷者への支援も続ける。何も失わなかったとは、言えない」


 彼は最初の表を開いた。


「だが、東部連絡大橋は落ちなかった。分散網のおかげで、水道の再開も区画ごとに進められる。全線を一から造り直す事態は避けられた」


「私の枠は、何本か駄目になった」


 バルドが言った。


「記録に入っている。交換費もな」


 ラザルは表の一行を指した。


「その交換で橋が使える。それが、仕事の価値だ」


 ティナは身を乗り出した。


「配管の古い区画は、設計どおりには流れなかったわ。次は同じやり方で通るとは限らない」


「だから、全市導入の費用はまだ確定していない。君と給水局に、修正の見積もりを頼みたい」


「期限を相談してくれれば」


「もちろんだ」


 俺はその短いやり取りを、前より長く聞いた気がした。


「治療師の連携と救助隊の訓練についても、現場から報告が上がっている」


 ラザルは次の頁へ移った。


「英雄がいれば、他の人員を減らしてよいのではない。十分な人員がいたから、君たちの力を必要な場面へ回せた。今後の予算は、そこを間違えないようにする」


 エステルが静かに頷いた。


「それなら、教える時間も勤務として確保してください。診療の合間に、全部できるわけではありません」


「わかった。学校と診療所、両方の責任者で組んでもらおう」


 カイルは、書類を見ながら首を傾げた。


「で、被害が小さく済んだ分で、金ができたのか?」


「いや。失わずに済んだ金を、そのまま新しい収入には数えられない」


 ラザルは答えた。


「ただ、使わずに済んだ災害用の予備費はある。まず今回の復旧と生活支援に必要な分を残す。残りを移行期の不足へ回す承認が、昨日下りた」


 彼は二つ目の束を、マヤの前へ置いた。


「五年案は、条件を付けて採用された。初年度の予算も承認済みだ」


 マヤはすぐに喜ばず、付箋のある頁を読んだ。


 一般会計から復興基金へ移す支出を、年ごとに増やす。


 分散網による節約は、設備の更新費と料金への還元を差し引き、実績を確認した分だけ基金へ入れる。


 職人の認証と講習からの収入は、その運営費を先に払う。


 救国債は、返済先と協議した延長分を織り込む。代わりに、急を要しない記念施設の着工を後へ回す。


「反対は、出たでしょうね」


 マヤが言った。


「出たとも。今もある。年ごとの見直しで、また説明が要る」


 ラザルは椅子に深く座り直した。


「技術が全部うまくいく保証はない。収入が下振れしたら、追加の配分か事業の順番を審議する。四人を無理に出演させて埋める、という扱いにはしない」


「学校は」


 カイルが聞いた。


「あの村の、冬の費用はどうなる」


「この冬は確保した。次年度からは基礎的な運営費を教育予算へ移す。孤児院の食費も、福祉の継続費として扱う。臨時の商品収入を、毎日の食事の前提にはしない」


 エステルが、そこで初めて肩の力を抜いた。


「グライルは?」


「町が作った返済計画を、地域商業の支援枠で審査している。観光一本からの転換を支える。全ての借金を国が肩代わりはできないが、担当者は置いた」


 マヤは自分の予定表と照合し、相談日を書き足した。


 ラザルは薄い紙を四枚、机に並べた。


「そして、包括許諾だ。今後は復興院から、これを根拠に新しい利用や更新を認めない。既存契約の変更と精算も、必要な予算を確保した」


「毎回、読んで決める?」


 ティナが聞く。


「そうだ。内容、期間、対価、取り消す場合の条件を示す。断った理由を説明する義務はない。関係する誰か一人の同意で、四人全員を使うこともできない」


 マヤが四枚を配った。


「今日は、その手続きの確認です。急いで署名する必要はありません。持ち帰って読んでください」


 バルドが、紙を裏返した。


「裏にもあるぞ」


「はい。裏もです」


 カイルが小さく笑った。今度は誰も、ペンを渡して急がせなかった。


 本の件についても、報告があった。


 星報社は出荷と販売を停止し、委託先から在庫を回収し始めた。既に読者の手へ渡ったものは残る。復興院の手続きと、前書きの誤った記述について、訂正は公表された。


 四人が承認していない再刊は認めない。審議資料の扱いは、別に調査を続ける。


 俺が提出した経緯書も、その調査の記録に入った。


「担当業務への復帰は、範囲を限って認められました」


 マヤが俺へ書類を渡した。


「計画は本人と一緒に作る。記録は本人が確認できる。対外的な返事は、承認を残す。灰潮の働きで以前の問題が消えた、という判断ではありません」


「わかっている」


 俺は四人を見てから、受領した。


 話が終わりかけた時、ラザルは鞄から古い革の小物入れを出した。書類の角を押さえるために置いたのだが、留め具には、小さな花の飾りがあった。


「妻のものだ」


 俺の視線に気づき、彼は言った。


「戦争の初めに、妻と娘を失った。金と物資が間に合えば、救えた人がいたのではないかと、今も考える」


 誰も口を挟まなかった。


「復興の資金が止まるのが怖かった。確実に人が集まる君たちの名に頼った。……それで集まった金が、役に立ったことも事実だ」


 ラザルは、工具箱が以前置かれていた場所を見た。


「だが、役に立ったから、続けてよいとは限らなかった。君たちが断れないように作った部分は、私たちが直すべきだった」


 深い一礼だった。


 カイルはすぐに返事をしなかった。やがて、持ち帰る紙を折らずに鞄へしまった。


「この先の案は、また聞かせてくれ。できることは相談したい」


「そうしよう」


 ラザルが帰ると、マヤは黒板の二行目を書き直した。


『収益が減る』


『不足を、予算全体で話し合う』


「片づきましたか」


 俺が聞くと、彼女は首を振った。


「来月から、実績の報告が増えます」


「そうだろうな」


「でも、もう署名だけで話を終わらせません」


 マヤは黒板消しを置き、机へ戻った。


 机の上には、読むべき紙がまだ山ほどあった。


 四人の予定表を白紙に戻さなくても、その仕事は始められた。

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