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勇者様、まず剣を置いてください。~魔王を倒した最強パーティーが買い物で詰むので、元魔王軍の俺が生活係になりました~  作者: 他力本願寺


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第47話 英雄だけの勝利にしない

最初の警報から七日目。最後の大きな群れが王都の観測範囲を抜けた。


 王都を脅かした魔力圧の暴走は空へと散り、五万の魔獣の群れは人間の町を迂回して安全な無人地帯へと抜け、やがて広大な荒野へと霧散していった。


 第一防衛線、東部連絡大橋、そして避難区域の最終前線。


 局地的な被害や建物の崩落はあったものの、王都および北方の三つの町において、確認された死者はいなかった。名簿の照合も終わり、行方のわからなかった住民の所在も確かめられた。ただ、重傷で療養を続ける人と、家を失った世帯は残っている。


 名簿の確認を終えた朝。


 停戦館の事務室に、復興院・広報部の役人たちが息を弾ませて飛び込んできた。


「マヤ実務官! レグ対策官! 明日の朝一番で王都中にばら撒く号外の原稿が上がりました! 英雄の皆様にご確認をお願いしたいのですが!」


 役人がバンッと机に広げたのは、インクの匂いも真新しい新聞の大刷りだった。


 そこには、紙面の半分を占めるほどの巨大で仰々しい見出しが躍っていた。


『奇跡の四英雄、帰還! 五万の魔獣軍勢を一夜にして殲滅!』


『王都を救った聖剣の輝き! 神の如き大魔法が敵を打ち払う!』


 俺は、その薄っぺらい紙面を見て、思わず鼻で笑いそうになるのを堪えた。


 彼らは現場を見ていない。四英雄が今回、どれだけ自らの力を「使わない」ように制御し、一般の人間たちと泥臭く連携していたかを知らないのだ。


 復興院の広報部にとって、これは英雄ブランドの熱狂をさらに煽り、救国債の返済や寄付金集めに繋げるための、またとない「極上のエンタメ記事」でしかなかった。


「現場からの報告をもとに、急ぎまとめました。魔獣の数は、防衛司令部の推定を使っています」


 役人が胸を張って語っているところへ、訓練庭での後片付けを終えたカイルたち四人が、首にタオルを巻いた姿で入ってきた。


「なんだ、朝から騒がしいな」


「カイル様! ちょうどよかった、明日の号外の原稿です。ご覧になってください!」


 カイルは渡された紙面に視線を落とし……数秒後、ピタリと動きを止めた。


 エステル、ティナ、バルドも彼の肩越しに記事を覗き込み、一様に眉をひそめた。


 かつての彼らなら、「適当にやっておいてくれ」と無関心にサインだけして、自分の名前がどう使われようが放置していただろう。


 だが、今の彼らは自分たちの名前に責任を持つことを覚えている。


「……待て」


 カイルが、低い声で役人を制した。


「この記事は、なんだ。俺たちが五万の魔獣を全滅させた? 神の如き大魔法が敵を打ち払った? ……いい加減な嘘八百を書くんじゃない」


「えっ? ですが、群れを撃退したという速報には……」


「俺たちが倒したのは、道を塞いだ瓦礫と、はぐれて突進してきた少数の魔獣だけだ。残りの数万は、ただ避難路を迂回させて逃がしただけだぞ」


 カイルは原稿を机に置き、役人の目を真っ直ぐに見据えた。


「それに、俺たち四人だけで王都を守り抜いたような書き方は、今すぐやめろ。この記事には、本当の功労者たちの名前が一つも入っていないじゃないか」


 役人がポカンと口を開ける中、ティナが一歩前に出た。


「そうよ。王都が内側から爆発しなかったのは、私の魔法の力だけじゃない。古い配管のバルブを手動で制御し、徹夜で魔力網を維持してくれた『給水局の技師たち』のおかげよ。彼らの名前と仕事ぶりを、一面にしっかり書きなさい」


「東部連絡大橋が落ちなかったのは、私が斬ったからではない。ガラン親方たち『木工・修復班の職人』が、魔獣の突進を逸らす可動柵を組み上げ、橋を物理的に支え抜いてくれたからだ。彼らの技術を讃える一文を入れろ」


 バルドが、腕を組んで重々しく告げる。


「私が結界を維持できたのも、軽中症の患者さんたちを『一般の治療師の皆様』が的確に処置し、現場をパニックから守ってくださったからです。あの方々がいなければ、救護所は一瞬で崩壊していました」


 エステルも、凛とした声で後に続いた。


 魔法、剣、奇跡。


 彼らは自分たちの派手な力よりも、共に戦った一般人たちの「見えない仕事」こそが、今回の王都防衛の真の要であったと、自分たちの言葉で明確に主張したのだ。


「……取材が足りませんでした」


 広報部の役人は、慌てて手帳を取り出しながら顔を引きつらせた。


「ただ、全員の名前を一面には入れられません。号外の紙幅も限られています。どこを中心にすれば……」


「働きを消さないでくれ」


 カイルが、役人の言葉をピシャリと遮った。


「俺は、現場で泥まみれになって一緒に市民を逃がしてくれた仲間たちを、無視することはできない。……そうだ、あいつらの名前も必ず入れろ」


 カイルは、事務室の入り口で報告書の提出に来て、そのまま立ち尽くしていた一人の若者を振り返った。


 公共英雄候補生のリーダー、セイルだ。


「避難誘導の最前線で、煙幕を張り、盾を構えて市民を守り抜いたのは、セイルたち『候補生の部隊』と、消防・救助隊の連中だ。あいつらは合図どおり後退して、俺の戻る場所を空けてくれた」


「カイル、先輩……」


 セイルが、目を見開いてカイルを見た。


「僕たちは……先輩方のような派手な一撃で障害物を吹き飛ばすようなことは、何もできていません。ただ、言われた通りに盾を構えていただけです……」


「馬鹿野郎」


 カイルは笑って、セイルの肩を力強く叩いた。


「お前たちが道を確保して、市民を安全な場所へ押し留めてくれたからこそ、俺は背後を気にせずに、前だけを見て剣を振ることができたんだ。……お前たちのやったことは、立派な英雄の仕事だ。胸を張れ」


 それは、世代間の嫉妬や対立ではない。


 最前線で命を預け合った者同士にしか分からない、真の協働の成果としての賞賛だった。セイルの瞳に、ジワリと熱いものが滲むのを俺は見た。


「……カイル様たちの言う通りです」


 マヤ実務官が、役人に向かって冷徹に告げた。


「これは復興院の広報紙です。事実の訂正は発行する私たちの責任です。英雄の皆様への取材協力の確認と、報告の正確さを混同しないでください」


「事実を曲げて虚飾で塗り固めれば、現場で命を張った人間への裏切りになるぞ」


 俺も壁際から、トドメとばかりに言い放った。


「わかりました。各班にも確認を取ります。掲載してよい名前かどうかも、一緒に聞いてきます」


 役人は原稿を畳み、各班の連絡先をマヤから受け取った。


 俺は元同僚の観測班も記録に加えるよう頼んだ。王国の外から届いた情報を、俺一人の手柄にするわけにはいかない。


 翌朝。


 王都の大通りには、当初の予定とは全く違う内容の号外が配られた。


 そこには、四英雄だけが神のように君臨する物語はなかった。


 代わりに紙面を埋め尽くしていたのは、バルブを握りしめる給水局の技師、ハンマーを振るう木工職人、血に塗れながら包帯を巻く治療師、そして盾を構えて市民を守る候補生たちの、泥臭くも力強い活躍の記録だった。


 四英雄は、その輪の中心で、彼らと同じように泥にまみれて背中を預け合っている。


「……すげえな。俺たちのご近所さん、あんなに頑張ってたのか」


「あの橋の補強、ガラン親方のとこの連中だってよ。今度、うちの店の椅子も直してもらおうぜ」


「英雄候補生の若い子たちも、ただの飾りじゃなかったんだねえ」


 号外を読んだ市民たちの反応は、広報部の役人が心配していたような「落胆」ではなかった。


 むしろ彼らは、英雄への一方的な依存と盲目的な崇拝から抜け出し、「自分たちの町の人間が、一緒に町を守ったのだ」という、確かな誇りと連帯感を持ち始めていた。


 もちろん、聖剣の光を見たいという声も残った。記事一枚で、人の期待が全部変わるわけではない。


 それでも、ガラン工房には修理の問い合わせが来た。給水局へ菓子が届き、候補生たちは名前を呼ばれて照れていた。


 昼前、広報部の役人が訂正版を持ってきた。


「次は、避難先から家へ戻る方の案内を載せます。被害のあった区画を、先に確認してきます」


 机に置かれた新聞の端には、生活相談の窓口が小さく印刷されていた。


 その窓口の予算をどう続けるか。まだ、俺たちの仕事は残っていた。

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