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勇者様、まず剣を置いてください。~魔王を倒した最強パーティーが買い物で詰むので、元魔王軍の俺が生活係になりました~  作者: 他力本願寺


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第33話 剣聖ブランドの安い椅子

「魔王城より硬い、剣聖公認の丸椅子! 一家に一脚、英雄の加護を!」


 王都の商業区で、バルドが足を止めた。


 山と積まれた椅子の値札を見て、それから自分の掌を見た。


「親方に、削るのが遅いと言われる理由がわかった」


「待て。お前の工房の品か?」


「違う。私は今週、引き出しを二つしか仕上げていない」


 売り子に断って一脚を裏返す。座面の裏には確かに『バルド公認』の焼き印があった。


 だが、脚を差し込んだ穴に隙間がある。バルドが軽く揺すると、接合部が鳴った。


「この一脚は、売らずに置いてほしい」


「な、なぜです」


「脚が緩んでいる。ほかの品も確認したい」


 売り子はバルドの顔と印を見比べ、慌てて工場の住所を教えた。


 俺はその場でマヤに連絡を入れた。名前の契約の写しと、製造元の担当者が必要だった。


 南区のトマス家具工場には、ガラン親方も来ていた。


 小さな工房の仲間を代表し、誇大な宣伝について話し合う約束をしていたという。


 バルドは椅子を机に置き、工場長へ深く一礼した。


「私の名を巡る問題だ。正式に立ち会いを願いたい」


 工場長が身構える。


「た、立ち会いとは」


「強度を比べる。一脚ずつ用意し、同じ重さを載せる。勝敗は――」


「勝敗じゃねえ。検査だ」


 ガラン親方が遮った。


「お前が勝っても、客の椅子は直らねえだろうが」


 バルドは腰から出しかけた物差しを、そのまま机に置いた。


「……では、検査を願う」


 工場長は、復興院発行の名称使用許諾証を差し出した。


「正式な契約です。先日の見直しで更新は止まりましたが、作ってある分を扱う許可は残っています」


 遅れて届いたマヤの写しとも、番号は一致した。


「契約は確認した。ただ、この品の接合が緩いことと、『投げても壊れない』という宣伝は、別に調べてほしい」


 俺が言うと、工場長は製造日の印を見て、現場の係を呼んだ。


 同じ日に作られた在庫を調べると、何脚かに同じ緩みがあった。加工に使う型がずれたまま、検品を通っていたらしい。


「安い椅子だから、仕方ないわけではないぞ」


 バルドが言った。


「安くても、安心して座れねば椅子ではない」


 工場長は在庫の出荷停止を指示した。既に売った同じ製造日の品は、店を通して点検と交換の案内を出すという。


「工場が全部、粗悪品を作っているようには書かないでください。正しく作れた品もあるんです」


「それは、調べた通りに報告する」


 俺は答えた。


 ガラン親方は、問題のない一脚を引き寄せて座った。


「この値段でこれなら、うちには作れねえな」


「親方?」


「量を作れるのも技術だ。俺たちが困ってるのは、安いからじゃねえ。剣聖の名があれば、何も確かめず最上級だと思われることだ」


 工場長も頷いた。


「こちらは高い許諾料を払っています。売れなければ、その分をどこかで取り戻さなければならない。……検品を急がせたのは、私です」


 名前で売り、名前の費用を回収するために急いで作る。


 その間に、椅子に座る人間の尻が抜け落ちている。


 バルドは焼き印を親指でなぞった。


「私の名を使えば品質がよくなる、というわけではないのだな」


「当たり前だ」


 親方が答える。


「俺がお前の椅子を毎回見てるのも、そのためだ」


 バルドはしばらく黙っていた。


「ならば、順序を逆にできないか。検査を通ったものに、印を押す」


 俺は記録用紙に、その言葉を書いた。


「基準を決める必要がある。お前の感覚だけでは、別の職人が同じ検査をできない」


「親方のところで教わっていることを、書き出せばいいのか」


「俺だけが決めても駄目だな」


 ガラン親方が工場長を見た。


「大きい工場にも、小さい工房にも使える基準じゃなきゃ。一脚を作る速さは違っても、危ない緩みは同じだ」


「検査の費用が高すぎたら、安い椅子は作れなくなります」


「そこも計算する。役所の検査係にも来てもらおう」


 話は夕方まで続いた。


 その場で新しい制度ができたわけではない。まずは返品への対応。契約の変更。それから、業界の職人と復興院が一緒に試す品質基準。


 バルドの名を貸すのは、その仕組みに本人が納得してからだ。


「技術が足りない者を、締め出すだけにはしたくない」


 バルドが最後に言った。


「私も、まだ教わっている。検査で駄目だったところを直せるよう、講習もできないだろうか」


 親方は額を掻いた。


「講習の時間まで全部ただ働きにすんなよ。そういう話なら、職人仲間に持ち帰れる」


 工場長は、机の上の物差しをバルドに返した。


「では次は、私どもの職人も交えて」


「うむ。決闘ではなく、検査の続きを」


「もうそこはわかっている」


 帰り道、バルドは交換用に預かった椅子を肩に担いでいた。


「この名前、重いな」


「椅子の方じゃなくてか」


「ああ。勝った戦の名を刻む時には、こんな重さは知らなかった」


 彼は椅子を持ち直した。


「だが、外せば終わりとも思えん。次に買う者が、安心して座れる印にはしたい」


 工房の灯りはまだついていた。


 修理を待つ椅子が一脚増えたことに、親方は顔をしかめた。バルドが「明日の私の仕事にします」と言うと、検品用の札だけを渡してきた。


 印を押せるのは、直してからだった。


 停戦館に戻ると、机に星報社の封筒が載っていた。


 封を切る。校正刷りの上に、送付状が一枚。『包囲作戦の項を削除。刊行はご確認まで保留』とあった。


 なら、今すぐ何かが出るわけではない。


 束の端へかけた指を、俺は離した。本当に削られたかも、残った話を本人がどう思うかも、確かめていない。


 食堂からティナの笑い声がした。バルドが椅子の検査を決闘と呼んだ話を、早速からかわれている。


 明日、全部読んでから話せばいい。今からこの食卓を黙らせることはない。


 俺は校正刷りを封筒へ戻し、黒い野帳の上に重ねた。


 食堂へ行く前に、引き出しの鍵を確かめた。

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