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勇者様、まず剣を置いてください。~魔王を倒した最強パーティーが買い物で詰むので、元魔王軍の俺が生活係になりました~  作者: 他力本願寺


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第30話 英雄を辞めると、橋が止まる

夏市の旗が外されても、四英雄の顔を刷った広告は町に残った。


 ある朝、バルドが工具の箱を停戦館へ持ち帰ってきた。


『剣聖愛用』と焼き印がある。本人は今日初めて見たという。


 その箱を長机の中央に置き、カイルはラザル部長に言った。


「俺たちの名前を使う時は、先に聞いてほしい」


 四人は一枚の要求書を用意していた。


 商品への肖像利用。私生活の取材。催しへの出演。


 それぞれ内容を知らせ、本人の同意を取ること。断った場合にも、別の仕事や生活を不利にしないこと。


「全部やめろという話ではない」


 カイルが付け足した。


「でも、どこまでならいいかは、俺たちに決めさせてくれ」


 ラザルは工具の箱を裏返し、許諾番号を確認した。


「これは、以前結んだ契約の製品だな」


「契約については、こちらにも写しがあります」


 マヤがファイルを開いた。


「凱旋時に、皆様が肖像と名称の包括利用を許諾されています。現在の商品の多くは、その範囲で手続きされています」


「覚えてない」


 ティナの声が低くなった。


「パレードの後、何十枚も書いた中の一枚? 褒賞の受け取りだと聞いたわ」


「署名は、四人ともあります」


 マヤは紙の下を指した。その指先が、ひどく確かなものに見えた。


 俺も仕事では、何度も同じ指し方をしている。


「マヤさん」


 エステルが尋ねた。


「私たちが何を許可したと思っていたかは、どこに書かれていますか」


 マヤの指が止まった。


「ここに名前があるのは、わかります。でも、私は見たことのないお水で病気が治ると約束したつもりはありません」


「効能の表示は別に調査します。そのような許可では――」


「では、どのような許可だったのか、今ここで教えてください」


 エステルは書類を引き寄せた。


 マヤは椅子を寄せ、最初の条文から読み直した。


 名称を付けた商品を作る許可はあった。私生活を好きに撮る権利も、無期限に本人を働かせる条文もない。


 それでも、広い利用範囲と自動更新の条件を組み合わせれば、本人が知らない企画が幾つも走り出す。


 俺の頭に、出版社の試し刷りが浮かんだ。


 あれも、ここで説明すべき案件だった。


 だが俺は、まだ確認中だという言葉で、自分の口を塞いだ。


「手続きが済んでいる、という説明だけでは足りませんでした」


 マヤが顔を上げた。


「私は、皆様が何に困っているかを聞く前に、署名で話を終えようとしました。申し訳ありません」


「制度を変えられるか?」


 カイルの問いに、今度はラザルが答えた。


「変える必要はある。新しい企画と更新は、一旦止めよう。再開するものは内容を示して同意を取る。出演の依頼も同じだ」


「既に売っているものは」


「契約先ごとに精査する。撤回と補償の手続きが必要なものもある。この場で、紙を破って全部終わりとは言えない」


 バルドが工具箱の蓋を閉じた。


「ならば、この工具はまず調べたい。名前を外すだけで済む品質なのかどうかも」


 ラザルは鞄から、薄い支出表を出した。


「もう一つ、収入の穴をどこで埋めるか、話しておきたい」


 表には学校の暖房費、孤児院の食料費、橋の修繕、傷痍軍人への支援が並んでいた。


「英雄事業の純収益から、復興基金へ入る金だ。個別同意に移れば、企画数と売上は今の見込みを下回るだろう。どこまで減るかは、まだ幅がある」


「この学校も?」


 エステルが一行を指した。


「先月、再建した学校だ。今度は教材と冬の費用が要る」


 カイルは表を読み直した。


「俺たちが断ったら、子供の飯が止まるってことか」


「来月すぐに止めるつもりはない。予備費から生活に直結する支出を優先する。その代わり、橋の追加修繕や来年度の計画が遅れる可能性がある」


 ラザルは別紙を置いた。そちらには、後回しにした場合の費用が書かれている。


「この見込みで予算を組んだのは、私たちだ。君たちの拒否を責めてよい理由にはならない。だが、穴があることまで隠して、自由になれとも言えない」


 しばらく誰も話さなかった。


 俺は、橋の項目を見ていた。危険箇所の応急修繕は既に終えてある。延期されるのは、次の補強区間だ。


 明日崩れるわけではない。その猶予を、いつまでもあるものとして扱えない。


「収益を全部、俺たちに戻せとは言っていない」


 カイルが言った。


「わかっている」


「協力したいこともある。ただ、あの一覧を見てから断るのは、正直きつい」


 ラザルは頷いた。安易に『気にするな』とは言わなかった。


「収入を分けて調べましょう」


 マヤが新しい紙を出した。


「既存契約で確定した分、本人が同意した企画、まだ見込みだけの分。それと、英雄事業以外から移せる予算。全部を一つの数字にすると、何を変えられるか見えません」


「給水局の運転費も出せるわ」


 ティナが言った。


「節約した分をすぐ使えるかは、技師長に聞かないとわからないけど」


「私も親方に相談する。工具と家具を売ること自体を、やめたいわけではない」


 バルドは箱を自分の側へ寄せた。


 決まったのは、当面の同意の取り方と、契約を洗い直す担当だけだった。包括許諾の廃止も、失う収入の補填も、まだ約束の形になっていない。


 ラザルが帰った後、マヤは黒板に『収益が減る』と書いた。その下に『だから、断れない』と続けかけ、手を止めた。


 白い布で二行目を消す。


「ここを、別の言葉に変える仕事ですね」


 彼女は誰にともなく言った。


 消した跡は、夕方までうっすら残っていた。

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