第23話 新しい英雄は笑顔がうまい
「皆様! 本日はお集まりいただき、ありがとうございます! 私たち『公共英雄候補生』は、これからの平和なアルディナ王国を、皆様と共に支えていくことをここに誓います!」
王都の中央広場に、よく通る爽やかな青年の声が響き渡った。
適応室が始まって、ふた月あまり。日差しの強くなった広場に、大きな歓声と拍手が湧き起こり、魔導写影機のフラッシュが眩しく瞬く。
広場の特設舞台の上に立っているのは、白と銀を基調とした、汚れ一つない見栄えの良い制服に身を包んだ若い男女四人組だった。
マイク代わりの拡声魔導具を手に、観客に向かって完璧な笑顔を振りまいているのは、リーダー格の『セイル』という青年だ。彼は四方八方からのカメラのレンズに全く物怖じすることなく、白い歯を見せて爽やかに手を振っている。
俺たち特別平和適応室の面々は、少し離れた広場の端から、そのお披露目式典の様子を視察していた。
「……見事なもんだな。魔導写影機を向けられただけで捕虜みたいに固まってた誰かさんとは大違いだ」
俺が隣でフードを被っているカイルをつつくと、彼は気まずそうに顔を背けた。
「うっ……仕方が無いだろう。俺は人前で笑う訓練なんて受けたことがないんだ」
「彼らは、王国が新たに育成プログラムを組んだ『公共英雄候補生』です」
記録板を持ったマヤ実務官が、淡々と解説を入れる。
「魔王軍との実戦経験はありませんが、戦後の治安維持、式典での演武、小規模な救助活動や広報活動といった、『平和な社会での公共サービス』に特化した訓練を受けてきた世代です」
人を救った後、周囲に何をどう伝えるか。俺たちが後回しにしてきたことを、彼らは最初から教わっているらしい。
式典が終わり、俺たちが停戦館の事務室に戻ってしばらくすると、さっそくその『新しい英雄』たちが挨拶にやってきた。
「初めまして! 公共英雄候補生、第一小隊リーダーのセイルです!」
セイルは真っ直ぐな目でカイルたち旧英雄を見ると、背筋を伸ばして深々と敬礼した。後ろに続く三人の若い男女も、一糸乱れぬ動きでそれに倣う。
「お噂は常々伺っております。カイル先輩、バルド先輩、ティナ先輩、エステル先輩! あなた方は我々候補生にとって、永遠の目標であり、憧れです! 魔王を討伐していただき、本当にありがとうございました!」
若さゆえの直球の敬意。そこには、俺たちのような裏方特有の皮肉や計算高さは微塵もなかった。
カイルは急に先輩扱いされて面食らいながらも、「あ、ああ。よろしく頼む」とぎこちなく答えた。
「とはいえ、我々もいつまでも先輩方の偉業に甘えているわけにはいきません」
セイルは顔を上げ、爽やかな笑顔を少しだけ引き締めた。
「先輩方が守ってくださった街を、今度は僕たちも守れるようになりたいんです。現場で邪魔にならないよう、訓練を積んでいます」
「笑顔も訓練か?」
カイルが真剣に尋ねると、セイルはうなずいた。
「はい。最初は鏡に向かって練習しました」
「……鏡か」
「でも、笑えば安心してもらえるとは限らないので、まだ難しいです」
セイルがハキハキと宣言し、挨拶を終えた候補生たちは「では、午後の訓練がありますので!」と嵐のように去っていった。
静かになった事務室で、カイルは深いため息を吐いて椅子に座り込んだ。
候補生たちのそつのない挨拶を、四人がどう受け止めたのか気になった。だが、彼らの顔に怒りの色はなかった。
「……すごいな、あいつら」
カイルは、心底感心したように呟いた。
「あんな風に、人に警戒心を抱かせない完璧な笑顔で、スラスラと自分たちの役割を口にできるなんて。俺には百年かかっても真似できそうにない」
「そうね」
ティナも、顎に手を当てて真剣な顔で同意した。
「式典の時に少しだけ魔力流を視たけど……彼らの魔法の出力は、私の百分の一にも満たないわ。でもね、光の粒子を拡散させて『見栄えを良くする』技術だけは、すごく綺麗に調整されていた。あれは戦場では絶対に必要ない、見せるための魔法よ。器用なものだわ」
「む。リーダーの少年の腰の剣も、そうだった」
バルドも腕を組んで頷く。
「演武用に軽く作られていた。刃も潰してある。だが、その分、人を傷つけない『演武』としての型は、無駄がなく美しく洗練されていた。平和な祭りの飾りとしては、私の大剣よりよほど相応しいだろう」
俺は、彼らの反応に少し驚いていた。
戦歴のない若造が英雄を名乗るなと、偽物扱いして見下すこともできたはずだ。だが彼らは、若者たちが平和な世界に向けて真剣に訓練を積んできた「別の技能」を、正当に評価し、肯定していた。
ただ、その肯定の響きには、どこか寂しげな色が混じっていた。
「……ラザル部長の狙いは、明確ですね」
マヤ実務官が、集めてきた資料を机に置きながら言った。
「あの候補生たちは、復興院が予算を投じて育成した第二のブランドです。カイル様たちの圧倒的な『本物の英雄』としての知名度で関心を引きつけつつ、扱いやすく、広報活動や日常業務をそつなくこなせる若者たちを最前線に出す。そうやって復興基金の財源をさらに多角化するつもりでしょう」
広報を担う人数が増えれば、四人の負担は減る。そのはずだ。だが、カイルは晴れやかな顔をしていなかった。
「……俺たちの、代わりか」
カイルが、ぽつりとこぼした。
彼の瞳は、嫉妬や怒りではなく、どこか空虚なものを見ていた。
「俺たちは、魔王を倒すことしかできない。平和な日常のことは何も知らないし、ただ街を歩くだけで誰かを脅かし、建物を壊してしまう。……もし、あいつらみたいに、最初から平和な世界を守るために作られたスマートな奴らが、街の治安や救助を担えるのなら」
カイルは、自分の白紙のままの予定表を見つめた。
「俺という『戦うための総大将』は、もうこの世界には必要ないのかもしれないな」
その言葉は、悲痛なほどの諦観に満ちていた。
救助隊の訓練で「自分がいなくても回る隊を作れ」と言われ、自分の役割の喪失に直面していたカイル。
そこへ、自分がいなくても平和な世界をそつなく回せる「新しい英雄」が現れたのだ。世代交代の波が、彼のアイデンティティを根本から揺さぶっていた。
俺は何も言えず、ただ腕を組んで黙っていた。
セイルたちのような、実戦(命のやり取り)を知らない若者を否定することはできない。彼らが平和な社会を回していくのは、正しい歴史の形だからだ。
だが、長年、血泥の中で死線を潜り抜け、俺たち魔王軍という理不尽な暴力から世界を守り抜いたこの不器用な連中が。
平和になった途端、その強すぎる力ゆえに「時代遅れの不用品」として自己評価を下げていくのは、元敵の俺から見てもひどく割り切れないものがあった。
「……落ち込んでいる暇があったら、明日の仕事の準備をしろ」
俺はあえて、いつもの乾いた口調で声をかけた。
「新しい奴らがどれだけ笑顔が上手かろうが、お前たちが俺の担当であることに変わりはない。お前たちにはお前たちの、泥臭い適応のやり方があるはずだ」
「……ああ、そうだな」
カイルは力なく笑い、立ち上がった。
旧英雄と、新英雄。
この二つの世代が同じ現場で交わった時、果たして何が起こるのか。
俺は一抹の不安を覚えながら、窓の外の平和な王都の空を見上げていた。




