第22話 予測で守るな
「よし、今だ。路地裏を抜けて、三番街の裏通りへ入れ。足音は立てるなよ」
王都の入り組んだ路地裏で、俺は背後の四人に向かって小声で指示を飛ばした。
カイル、バルド、ティナ、エステルの四人は、まるで敵地のど真ん中を進む潜入部隊のように、息を殺して俺の後ろについてくる。
「……なぁ、レグ。本当にこんなコソコソしなきゃならないのか?」
目深に被った外套のフードの下から、カイルが窮屈そうに小声でこぼした。
「当たり前だ。今日はお前たちにとって、ただの休日じゃない。完全な『逃亡劇』だと思え」
俺は手に持った王都の地図と、分単位で書き込まれたスケジュール表を睨みつけた。
昨日の『庶民派英雄・一日密着企画』の撮影は、俺たちにとって最悪の余波をもたらしていた。
今日の朝刊に、串焼きを手に、ぎこちなく笑うカイルの魔導写影が大々的に掲載されたのだ。結果として、王都中が「休日の英雄」を一目見ようとする野次馬と、二匹目のドジョウを狙う他社の撮影クルーや怪しげな商会の連中で溢れかえっている。
昨日、カイルは帰りの道すがら、「見世物になるのは不快だ」とハッキリ口にした。
ならば、俺の仕事は一つだ。彼らの不快感を取り除き、平穏な休日を死守すること。
「俺は勇者対策官だぞ。王都中の監視網の穴、大通りの死角、記者が張り込んでいる酒場の位置、すべて完全に把握している。この俺が構築した『絶対回避ルート』通りに動けば、誰のカメラにもファンにも見つからずに王都を散策できる」
「散策って……ただ暗くて臭い裏道ばかり歩いてるじゃない」
ティナが鼻をつまみながら文句を言う。
「我慢しろ。はいストップ、あそこの角を記者が通る。十五秒待機だ」
俺の合図で四人がピタリと止まる。足音だけが通り過ぎていくのを待ち、再び歩き出す。
完璧なシミュレーションだ。誰にも見つからない。これこそが、俺にしかできない究極の支援だ。
「あ、ねえレグ! あそこの大通り沿いの店、新しい魔導具の部品が入荷してるみたい! ちょっとだけ寄っていい?」
路地の隙間から表通りを見たティナが、目を輝かせて駆け寄ろうとする。
俺は即座に彼女のフードを掴んで引き戻した。
「ダメだ。予定にない。あの大通りは商会の目が行き届いている危険地帯だ。立ち止まれば三分で見つかるぞ」
「ええーっ、ちょっと見るだけよ!」
「見るだけが命取りになるんだ。却下」
ティナが不満げに頬を膨らませるが、俺は無視して先を急がせた。
「レグ。実は私も、あそこの先の木材屋に寄りたいのだが」
バルドが控えめに挙手をする。親方に言われて、手入れ用の油か何かを見たいのだろう。
「ダメだ。そこを通ると次の地下水路への突入予定時刻に間に合わなくなる。木材屋なら来週の平日にしろ」
「……そうか」
バルドは大人しく引き下がった。
俺は時計を確認し、完璧にコントロールされた行程に満足しながら歩みを進めた。
彼らを守るためには、これが最善なのだ。
王都の外れにある、人気のない古い公園。
高い木々に囲まれ、外からの視線が完全に遮断されたその場所にたどり着き、俺はようやく「休憩」の指示を出した。
「よし、ここなら安全だ。十分間だけ休むぞ」
だが。
ベンチに腰を下ろした四人の顔には、平穏な休日を楽しむような色は一切なかった。
ティナは退屈そうに小石を蹴り、バルドは腕を組んで目を閉じ、カイルは窮屈な外套を少しだけ広げて重いため息を吐いている。
誰一人、リラックスしていない。
「……おい、どうした。誰にも見つからずに済んで、清々しい気分だろう?」
俺が不思議に思って声をかけると。
「レグさん」
ベンチに座っていたエステルが、静かに立ち上がった。
彼女は、普段の温厚な顔つきではなく、どこか冷ややかで、確固たる意志を持った瞳で俺を真っ直ぐに見据えた。
「あなたは今、敵だった頃と同じように私たちを動かしていますね」
「……何?」
不意を突かれたような言葉に、俺は眉をひそめた。
「何を言っている。俺はお前たちを、あのハイエナみたいな記者や野次馬から守るために、最適なルートを計算してやったんだぞ」
「ええ、わかっています。あなたの計算は完璧で、私たちは誰にも見つかりませんでした。でも……」
エステルは、俺の手にある分単位のスケジュール表を指差した。
「カメラに追い回されて見世物になるのも不快ですが……あなたのその『完璧な盤上の駒』として、一切の自由なく動かされる休日も、同じくらい息苦しくて窮屈です」
ガツンと、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
「ティナさんが魔導具を見たいと言った時。バルドさんが木材屋に行きたいと言った時。あなたはそれを『予定にない』『危険だ』と切り捨てました」
エステルは一歩踏み出し、俺の目を見据える。
「最初に決めたルールを覚えていますか。『勝手に予測して決めつけない』。……あなたは、私たちを守るという名目で、結局は私たちから『選択』を奪い、自分の予測の枠内に閉じ込めているだけじゃありませんか?」
「……っ」
俺は、反論の言葉を見つけられず、言葉に詰まった。
彼女の言う通りだった。
俺は彼らの感情(不快感)を配慮したつもりになっていた。だが、その実、やっていることは魔王軍時代と何も変わらない。
彼らを完璧に観察し、先回りして問題を排除し、自分の引いたレールの上だけを歩かせる。
なぜそうするのか。
……簡単なことだ。彼らが俺の予測通りに動いていれば、俺自身が『役に立っている』と安心できるからだ。不確定要素をなくせば、俺が失敗して彼らを傷つけるリスクもなくなる。
俺は彼らを守っていたのではなく、傷つきたくない自分自身を守るために、彼らを過保護に支配していただけだった。
「……すまん」
沈黙の末、俺はポツリと謝罪の言葉をこぼした。
自分の傲慢さと、染み付いた『勇者対策官』としての悪癖に、嫌気がさす。
俺は分刻みの予定表を折り畳んだ。地図は残した。行き先を聞いてからなら、役に立つ。
「えっ、レグ?」
カイルが驚いて立ち上がる。
「……俺の負けだ、エステル。お前の言う通り、俺はまた分かったつもりになって、お前たちを縛り付けていた」
俺は予定表だけをポケットへしまい、深く息を吐き出した。
「予定は白紙だ。俺の考えた回避ルートはもう使わない。……お前たちの休日は、お前たちの足で好きに歩け」
俺の言葉に、四人の顔にパッと明るい色が戻った。
「やったわ! じゃあ私、さっきの魔導具屋に戻って、あの部品を買ってくる!」
ティナが嬉しそうに外套のフードをバサッと脱ぎ捨てる。
「私は木材屋だ。それと、親方に教えてもらった刃物研ぎの店にも行きたい」
バルドも足取り軽く立ち上がった。
「私は、大通りにある大きな本屋に行ってみたいです。医学書だけじゃなくて、物語の本も読んでみたいので」
エステルも微笑みながら続く。
「おいおい、お前ら。俺の隠密ルートなしで表通りに出たら、十分も経たずに記者やファンに見つかって囲まれるぞ?」
俺が呆れて忠告すると、カイルがニヤリと笑って俺の肩を叩いた。
「見つかったら、今日は取材を受けないって俺たちから言う。それでも囲まれたら、店に入れてもらおう。買い物くらいはしてから帰りたい」
「……お前、昨日あれだけ見世物になるのが不快だって言ってただろうが」
「不快だ。だから撮られないためだけに、一日を使い切りたくない」
カイルは清々しい顔で笑い、そして仲間たちの方へ駆けていった。
「まずティナの店でいいか? ……よし、行こう。レグ、その地図は持っていてくれ」
「大げさなのよカイルは! でも荷物持ちはよろしくね!」
四人はワイワイと騒ぎながら、危険地帯であるはずの大通りへと飛び出していった。
その背中は、俺が背後から指示を出していた時よりも、遥かに自由で、生き生きとしていた。
「……やれやれ」
俺は誰もいなくなった公園のベンチに座り、空を仰いだ。
俺が彼らを守り、コントロールできる段階は、もう終わりつつあるのだろう。
彼らは俺の予測の枠を飛び出し、自分たちでエラーを起こし、そこから学ぶ力を身につけ始めている。
なら、俺という『勇者対策官』の存在意義は、これからどこへ向かえばいいのだろうか。
「……俺も、置いていかれないようにしないとな」
俺は一人呟き、彼らが騒動を起こした時に備えて、ゆっくりとその後を追い始めたのだった。




