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勇者様、まず剣を置いてください。~魔王を倒した最強パーティーが買い物で詰むので、元魔王軍の俺が生活係になりました~  作者: 他力本願寺


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第14話 大魔導士、漏水を起こす

「レグ。この王都の給水ネットワーク、設計が古すぎて非効率の極みだわ。地区ごとの水圧のムラが酷すぎるし、魔導ポンプの出力分配にも無駄が多すぎる。……美しい数式じゃないわね」


 王都給水局の分室。


 壁一面に広げられた複雑な地下配管網の青写真を見上げながら、大魔導士ティナ・ウェルドが呆れたようにため息を吐いた。


 バルドの木工所に続き、今日はティナの職業体験の初日だ。


 彼女が希望したのは、以前、停戦館の風呂場を壊した際に興味を持った給水設備を管理する、王都給水局だった。


 俺は彼女の背後で腕を組みながら、周囲の空気を探った。


 給水局の現場技師たちは、壁際に固まって戦々恐々としている。無理もない。魔王軍の要塞を幾つも灰塵に帰した『歩く戦略兵器』が、自分たちの職場にやってきたのだ。


「あ、あの……ティナ様。うちの魔導ポンプは戦前のものでして、あまり強い魔力を流し込むとですね……」


 作業着姿の恰幅の良い技師長が、おずおずと声をかける。


「レグさんからも聞いてるわ。出力を絞ればいいんでしょう? 安心なさい、もう風呂場の屋根は飛ばさないから」


 ティナは自信満々に胸を張り、青写真から魔導ポンプの制御盤へと向き直った。


「だいたい、水圧が足りないからといって各区画でちまちまバルブを調整しているから非効率なのよ。中央のポンプから流し込む魔力波の周波数を最適化して、全区画の圧力を一律に底上げしてあげれば……」


 ティナの細い指先が、制御盤の魔力回路に触れる。


「ティナ、待て。現場の意見を聞かずに勝手に構造を変えるのは――」


 俺の制止より早く、彼女の魔力が制御盤に流れ込んだ。試験用の支線だけを調整する約束だったのに、彼女はそこから先の網まで繋いでしまった。


 ブォンッ!


 局舎の床が微かに振動し、制御盤の計器類の針が一斉に跳ね上がった。


「魔力浸透率、良好。各配管への水圧分配を均等化……よし、これで担当区画の水圧が、計算上最も無駄のない『完璧な圧力』になったわ!」


 ティナがドヤ顔で振り返った、次の瞬間だった。


 ギギギ……パァァンッ!!


 局舎の外、分室前の大通りから、何かが破裂するような凄まじい音が響いた。


「な、なんだ!?」


 俺たちが慌てて外に飛び出すと、石畳の道路の一角が内側から吹き飛び、高さ十メートルにも及ぶ巨大な水柱が噴き上がっていた。


「あわわわ……第五区画のメインパイプが破裂したぞ!」


 技師たちが頭を抱えて絶叫する。


 周囲の商店や通行人に水が降り注ぎ、大通りはあっという間にパニック状態に陥った。


「ちょ、ちょっと待って! 計算は完璧だったはずよ! 圧力を均等にしただけなのに!」


 ティナが計算式を思い返しながら狼狽する。


「だから言っただろうが!」


 技師長が、噴き出す水を浴びながら激怒してティナを怒鳴りつけた。


「あんたがかけた『完璧な圧力』に、六十年前に敷設された古い鉄管が耐えきれるわけねえだろうが! 俺たちがなんでちまちまバルブをいじってたか、考えもしなかったのか! これだから机上の空論しか知らねえ魔法使いなんか、現場に入れるんじゃなかったんだ!」


 現場の泥臭い実情を知らない、エリートの暴走。


 戦場においては、彼女が全員の能力を「全体最適化(バフ)」することは常に正解だった。だが、平和な世界の老朽化したインフラ設備は、その強すぎるバフの負荷に耐えきれずに自壊してしまったのだ。


「……」


 怒鳴りつけられたティナは、言い返さなかった。


 彼女はオタク気質でプライドも高いが、無能ではない。自分が「配管の老朽化による耐久値の低下」という重要な変数(パラメータ)を計算に入れ忘れていたことに、すぐに気づいたのだ。


「レグ、マヤ実務官を呼んで。噴出した水の処理と被害の補償、道路の封鎖を手配してちょうだい」


 ティナの顔から焦りが消え、大魔導士としての冷徹な仕事の顔に切り替わっていた。


「お前はどうする気だ」


「私が壊したんだから、私が直すわ。言い訳はその後よ」


 ティナは破裂して水が噴き出している穴の縁に歩み寄ると、膝をつき、泥水の中に両手を突っ込んだ。


「魔力網、展開。地下水脈の構造解析を開始」


 彼女の指先から、淡い青色の魔力流が血管のように王都の地下深くへと広がっていく。


 水という物質は、極めて魔力を通しやすい。ティナは自らの膨大な魔力を探知用のレーダーとして水に這わせ、王都全域の配管の状態をスキャンし始めたのだ。


「第五区画を止めるぞ! 調査はその後だ!」


「お願い。加圧の術式はもう外したわ。他の管に残った水から位置を探れる」


 技師長が遮断を指示し、噴水が低くなる。ティナは圧力計が下がるのを確かめてから、目を閉じた。


「第五区画の破裂は、私の急な加圧が原因。でも……おかしいわね。加圧する前から、このネットワーク全体の総水量が、計算よりも常に五パーセントほど不足している。水圧が足りない根本的な理由は、ポンプの出力不足じゃないわ」


「なんだと?」


 技師長が怪訝な顔をする。


「ええ……見つけたわ」


 ティナが目を開き、立ち上がった。


「ここから南西に三百メートル。旧市街の第七路地、地下十メートルの位置よ。そこの太い配管に、亀裂が入っている。漏れた水が地下の空洞に流れ込んでいたせいで、今まで地表に水が噴き出さなかったのね」


「なっ……馬鹿な。あそこは昔から原因不明の水圧低下が起きていた魔の区画だぞ。俺たちが何年もかけて音を拾っても、場所を特定できなかったんだ」


「私の魔力探知を舐めないで。確実にそこから漏れているわ。配管のサビ具合から見て、十年は放置されているわね」


 ティナの断言に、技師たちは半信半疑ながらも顔を見合わせた。


 大魔法で何もかもを一瞬で解決しようとして失敗した彼女が、今度はその途方もない能力を『地下の調査と点検』という、地味極まりない用途に転用したのだ。


「……ねえ、レグ」


 技師たちが遮断した区画の排水へ取りかかる中、ティナが俺の袖を引いた。


「なんだ。まだどこか破裂しそうなのか?」


「配管の破裂じゃないわ」


 ティナの顔には、純粋な疑問が浮かんでいた。


「王都の給水網をマッピングしていた時、もっと深い地層……この星自身の魔力脈を偶然拾っちゃったんだけど」


「星の魔力脈?」


「ええ。王都の下を流れる巨大な魔力の川みたいなものよ。それ自体は珍しくないんだけど……その川の支流の一つ、王都から『旧戦場方面』へと流れていく魔力脈の周期が、なんだか不自然なのよね。心臓の鼓動みたいに、ドクン、ドクンって、妙なノイズが混じっているっていうか」


 旧戦場方面。魔族の自治領と人間圏の境界。かつて、十二年の戦争で人間と魔族が激戦を繰り広げた、今は誰も住まない荒野だ。


「……それは、今回の漏水事故に関係があるのか?」


「ないわね。深層の魔力脈と地表の給水網は完全に別システムだもの。ただ、数式に当てはめた時に、なんだか気持ちの悪い周期のズレ方をしているだけ。気になったから言ってみただけよ」


「今回の加圧とは別として報告しよう。測った場所と時刻も残してくれ」


 俺は仕事用の記録帳を開いた。技師長にも写しを渡し、観測の担当へ回してもらうことにする。


 平和な王都の地下で、大魔導士の探知にだけ引っかかった、小さなノイズ。


 調査票の隅に、ティナが小さな波形を書き添えた。


「おい、あんた! 魔法使いの姉ちゃん!」


 夕方、既設の点検坑から調べていた技師長が、泥だらけで戻ってきた。


「言った通りだった! 点検坑の先で水音を拾った。管まで掘り進めたら、古い継ぎ目から漏れていたぞ!」


 技師長の顔には、先ほどの怒りではなく、興奮と称賛が入り混じっていた。


「あんたのその探知能力、とんでもねえな! もしかして、王都中の配管の劣化具合を全部見つけられるのか!?」


「当たり前よ。私は大魔導士ティナ・ウェルドだもの。でも……」


 ティナはふいっと顔を逸らし、自分の泥だらけになった両手を見つめた。


「場所がわかっても、魔法で一瞬で配管を直すことはできないわ。私がまた変な圧力をかければ、他の古い管が壊れるもの」


「へへっ、直すのは俺たち現場の仕事だ。あんたは『どこが悪いか』を教えてくれりゃあ、それで十分すぎるほど役に立ってるさ」


 技師長の言葉に、ティナは少し驚いたように目を瞬かせた。


 最大火力の殲滅魔法ではなく。


 誰の目にも見えない、地下の水の流れを読むだけの地味な魔法が、平和な世界で『役に立つ』と認められた瞬間だった。


「……レグ」


 ティナが、唇の端を少しだけ吊り上げて俺を見た。


「この王都のインフラ、私が思っていたよりずっとボロボロで、ひねくれてて、ポンコツだわ」


「そうだな。で、投げ出すか?」


「冗談。こんなにやりがいのあるパズル、途中でやめられるわけないじゃない。私の魔法と計算で、この王都の配管ネットワークを全部綺麗に解きほぐしてやるわ」


 大魔導士の瞳には、戦場の敵に向けるのと同じくらいの、強烈な執着と情熱が燃え上がっていた。


 剣聖の木工所に続き、どうやら二人目の英雄も、自分の力を振るうための新しい『パズル』を見つけることに成功したらしい。

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