第三話 お茶会の始まり
「————リーゼ、本当にアレと婚約するつもりか?」
さっさと私室へ下がろうとしていましたが……どうやら遅かったようです。
わたくしの後を追って来たシルに確保され、そのまま弟の私室へと連行されました。
ソファに座ると紅茶を供されたので少しだけミルクを注ぎ、香りを楽しみながら口を付けると————向かい側に座ったシルに冒頭の台詞を投げ掛けられたのです。
チラリと顔を見れば眉間に皺を寄せており、腕と足を組み、全身で「怒ってます!」というのを表現しています。
「……シル、この間も話したと思うけれど……」
「ヴァロワール国内を荒れさせるわけにはいかない——それに関しては理解している。だが、その相手がリーゼである必要はないだろう?」
「確かに帝国の公爵・侯爵家であれば釣り合いは取れるでしょう。けれど、それとあの方を御せるかどうかはまた別問題ですわ」
ヴァロワールの王族は我が国で言えば、公爵・侯爵位程度の格付けです。
ですので、この爵位を持つものたちであれば同等に対応することが出来ます。
しかし、どんなに格が違うと言えど未だヴァロワール王家の王子であり、第二王子の子が生まれるまでは生かしておかなければならないのです。
そんな面倒な立場の者を一貴族家に押し付けることとなれば、それなりの見返りがあって然るべきですが、相当な材料でなければ割に合いません。
臣下には、ある程度の権勢を維持することは許しますが、持ちすぎるのも考えものです。
それによって叛意を持たれでもしたら、目も当てられませんから。
お金や権力は人を惑わす力がありますし。
そんなリスクを負うくらいなら、わたくしに婿入りさせ度が過ぎたと判断した際には処分すれば良いのです。
わたくしであればヴァロワール王家よりも身分が尊いので、帝国皇女への無礼、不利益をもたらしたとなれば、正当な処分理由となりますから。
…………シルもそのことを理解はしていますが、それでも気に入らないのでしょう。
わたくしたちは、ある意味二人で一人なので仕方がない部分でもあります。
この感覚はわたくしたち以外は理解が出来ないでしょうから————。
わたくしの言葉を聞き、シルはムスッとした顔で自分の膝の上で頬杖を突いています。
…………これは、ご機嫌が直るまでしばらく時間が掛かりそうですね。
これ以上、ルイ第一王子がシルの逆鱗に触れなければいいのですが……。
こんなことを考えている時点で、既に何かが起こる前兆のような気がしてなりませんでした…………。
翌日——昨日、父が告げた通りにルイ第一王子とのお茶会の予定が組まれていました。
当然の事ながら、シルは出席しません。
ですが、シルのことです。きっと侍女か近衛騎士あたりに報告するように命じているでしょう。
まあ、お茶会の邪魔をするわけじゃないですし、どうせ父も同じように命じているでしょうから問題はありませんが。
「皇女殿下、お茶会のドレスはどれになさいますか?」
「……そうねえ…………」
数着のデイドレスが並べられ一着一着確認し終えると、そのうちの一つを指差しました。
「これにしましょう————」
皇女宮の庭園にお茶会用の席を予め用意させていたので、わたくしは少し早めに席に着いて待っていると、やがてルイ第一王子が従者を伴ってやって来ました。
————さて、どんなお茶会になるかしら?
わたくしは立ち上がり、カーテシーをして出迎えます。
「ご機嫌よう、ヴァロワール第一王子殿下」
「こちらこそ、ご招待に感謝申し上げる」
ルイ第一王子は胸に手を当て軽く一礼をすると、わたくしの姿を舐めるように確認しました。
……そうでしょうね。お茶会の為に選んだドレスは淡いピンクの可愛らしいプリンセスラインの物です。
噂の珍獣はピンクの髪色をした可愛らしい顔立ちだそうで、いつもルイ第一王子が贈るドレスは可愛らしいデザインの物が多いと聞きました。
本人を見たことがないので、実際にどのようなピンクの髪色なのかまでは分かりませんが、何となくピンクの生地で可愛らしいドレスであれば、その娘を連想するのではないでしょうか?
わたくしの髪は少し紫みがかったプラチナブロンドのストレートで、自分で言うのも何ですが、母譲りの可愛らしい顔立ちです。
社交界では『鈴蘭皇女』と呼ばれているようですが、わたくしのことを知っている友人からしてみると「ある意味皮肉ね」と言っていました。
果たして、ルイ第一王子はどう感じるのか…………。
互いに席に着き、侍女が紅茶を淹れたカップを供します。
ミルクをたっぷり注いだ紅茶の香りを楽しみ、口を付けて見せました。
ホストは招待客に対し、毒見を兼ねて目の前で飲食物を口にして見せなければいけません。
ルイ第一王子もそれに倣い、わたくしが飲んだのを確認してから自らもカップに口を付けました。
ゆっくりと味わっていると、ソーサーの上にカップを戻し、先に口を開いたのは————ルイ第一王子でした。
「リーゼロッテ第一皇女殿下————今回の婚約に関して、貴女に先に伝えて置かなければならないことがある」
まあまあ、随分と我慢の出来ない方ですね。
あまりにも予想通り過ぎて、全くおもしろみがありません。
そもそも、わたくしがずっと『ヴァロワール第一王子殿下』と呼んでいることに気付いていないのでしょうか?
互いにファーストネームを呼ぶ許可を出していません。
それにも拘わらず、ルイ第一王子はわたくしのことを『リーゼロッテ第一皇女殿下』と呼びました。
そんな初歩的なことも忘れてしまうほど、頭の中にお花が咲き乱れているのですね……お可哀想に。
「……まあ、何でしょう?」
わたくしもゆっくりとソーサーの上にカップを置き、口元に扇子の先を添えてにっこりと微笑みました。
「……貴女には申し訳ないが、私には『真実の愛』を誓った女がいるのだ。だから、貴女と結婚したとしても、貴女を愛することは出来ない。出来れば、そちらから今回の縁談を断って貰えると助かる……」
…………まあまあまあ、何と……。
「……何と、愚かなのでしょう……」
「……何?」
あら、うっかり本音を漏らしてしまいましたね。ワザとですが。
ルイ第一王子は、わたくしの呟きに眉を顰め鋭い視線を向けてきました。
「あら、申し訳ございません。うっかり、本音が漏れてしまったようですわ。あまりにも愚かなことを仰るんですもの」
ふふふっ、と可憐に微笑みながら、改めて『お前は愚か者』だと告げました。
「だって、そうでしょう? ヴァロワール第一王子……ああ、わたくしもルイ第一王子とお呼びしてもよろしくて? 貴方は勝手にわたくしの名を呼んでおりますし」
そう言うと、自分の無礼さに気が付いたのでしょう。
バツが悪そうに視線を逸らしてしまいましたが、今更ですよ?
「——ルイ第一王子殿下は勘違いしていらっしゃるみたいですが、今回の婚約は帝国が申し出たことではなく、ヴァロワール王国側から乞われたものでしてよ?」
「ヴァロワールから……? しかし、我が国から申し出る理由など……」
「理由はおありでしょう? ……端的に申し上げるなら、貴方がヴァロワール国内にいらっしゃると『都合が悪い』からですわ」
わたくしが笑みを崩さずに言えば、ルイ第一王子は驚きで目を見開いてしまいました。
……え、そんなことも理解していなかったのですか?
自分の置かれている状況を知らないのでしょうか?
チラッと彼の後ろに控えている侍従に視線を移すと、彼も主と同様に俯いている。
主が主なら、従者も従者ですね…………。
思わず深い溜め息を吐いてから、何故こちらに婚約が持ち込まれたのかを一から説明します。
ルイ第一王子は黙って聞いていますが、だんだんと顔を歪ませていき、最終的には俯いてしまいました。
「————と全ては貴方が招いたことですが、ご理解頂けまして?」
「…………るな…………ふざけるな!!」
懇切丁寧に説明してあげたというのに、彼はテーブルに自らの拳を叩き付け、怒鳴りながら立ち上がりました。
そのせいでテーブルの上に置かれていた彼のカップがガチャンッ!と音を立て、中の紅茶が少し溢れてしまっています。
ルイ第一王子の剣幕に、周囲に控えていたわたくしの専属護衛騎士たちが血色ばみ、カチャッと腰元の剣に手を掛けた音が聞こえました。
その瞬間、ルイ第一王子に随行して来た僅かなヴァロワールの騎士たちにも緊張が走り、同様に剣に手を掛けています。
…………はあ、本当に……救いようない人ですね。
わたくしは少しだけ背後に視線を向けて軽く首を振ると、それを確認した騎士団長が合図を送り、全員が剣から手を離し元の待機姿勢に戻ります。
さすが、わたくしの騎士たちです。
それに比べて……お相手の騎士たちはこちらの様子を見て、ほっとしたように息を吐いています。
いくら自国の王族と言えど、元々ルイ第一王子付きの騎士たちではないのでしょう。
……そもそも彼に付いていた騎士たちは、『王太子の専属騎士』だったはずです。
ならば廃太子された時点でその者たちは弟君の第二王子殿下付きになるか……もしくはこの様な事態になるのを諌めることが出来なかった咎で王族付きから解任されていてもおかしくはありません。
「…………どうぞお掛け下さい。立たれたままでは、お話しするのも一苦労でございますから」
「黙れっ!! ……お前の指示などに従うわけ————」
「お座りなさい」
ずっと立ったまま、こちらを睨み続けているルイ第一王子に座るように伝えましたが更に怒鳴り始めたので、わたくしはそれまでの表情をストンと全て消し、冷ややかに一言、そう命じました。
わたくしを見た目通り、『大人しい』皇女だと見下していたのでしょう。
彼は驚きで目を見開き、同時に言葉を失ってしまったようです。
悔しそうにギュッと拳を握りながら黙ってドカッと座り、だらしなくテーブルに肘を突いてこちらから体を背けています。
わたくしはその様子を見て、ふうと一つ息を吐き一度冷めた紅茶に口を付けました。
「——貴方は今、ご自分が何をなさったか……理解しておいでなのかしら?」
「……何?」
ルイ第一王子は訝しげにこちらに視線を向けたのをきっかけに、わたくしはカップを静かにソーサーの上に戻しました。
「貴方が先ほど、わたくしに向かって怒鳴り付けたことで、わたくしの身の安全を案じた騎士たちが貴方方に剣を向け掛けました……」
「ふんっ……。それで私に剣を向けていたら、お前たちは命がなかっただろうな」
「はあ……逆ですわ。命がなかったのは、貴方方の方です」
他国の王族へ剣を向けるなど、本来であれば許されることではありません。
ただし、それは他国内であれば……そして、相手がルイ第一王子でなければ……の話ですが。
今まで傅かれて生きてきたことによる弊害でしょうか?
これだけ言われていても自分の置かれている状況が、未だに理解出来ていないようです。
…………シルではありませんが、本当にこれと婚約しなければだめでしょうか?
先が思いやられて、頭が痛いのですが。




