第3話 女の子紹介したる
つばさと会うようになってから、俺は少しだけ自分の見た目を気にするようになった。
美容院に行った。
服も、いつもより少しだけマシなものを選んだ。
腹が出ているのはどうにもならない。
髪が薄いのも、今さらどうしようもない。
それでも、少しくらいは若く見られたいと思った。
52歳にもなって、何をしているんだ。
そう思う自分もいた。
でも、好きな女性ができるというのは、そういうことなのかもしれない。
つばさと二人で食事をした日。
俺は少し緊張していた。
「よしおさんって、休日は何してるんですか?」
「俺?」
「はい」
「まあ……友達と飲みに行ったり、麻雀したりかな」
「そうなんですね」
「つばさちゃんは?」
「私はボクシングジムに行ったり、勉強したりしています」
「勉強?」
「仕事に必要なこととか、将来のために」
俺は笑った。
「真面目やなぁ」
「そうですか?」
「俺なんか、休日は寝てるか飲んでるかや」
冗談のつもりだった。
つばさも笑ってくれた。
でも、その目が一瞬だけ曇ったように見えた。
気のせいだと思った。
◇
食事の帰り道。
俺は思い切って聞いた。
「つばさちゃんって、彼氏おるん?」
「今はいません」
「そうなんや」
「どうしてですか?」
「いや……なんとなく」
心臓が少し速くなった。
俺はまだ告白するつもりはなかった。
ただ、少しでも可能性があるのか知りたかった。
「よしおさんは?」
「俺もおらんよ」
嘘ではない。
ただ、長い間、恋愛らしい恋愛をしていなかった。
「結婚したいとは思ってますけどね」
「そうなんですね」
「うん」
そこで、俺は言った。
「俺、堅実な女性が好きやねん」
「堅実?」
「ちゃんと仕事して、無駄遣いせんで、家庭を大事にするような人」
「なるほど」
「つばさちゃんみたいな子やな」
言ったあと、少し恥ずかしくなった。
つばさは黙った。
「……私みたいな人ですか?」
「そうやな」
俺は笑った。
「まさに、つばさちゃんみたいな子や」
つばさは小さく笑った。
「ありがとうございます」
そのときの俺は、
その言葉の奥にある意味を考えなかった。
◇
その数日後。
友人たちとの飲み会があった。
「よしお、最近女できたらしいな?」
「なんで知ってんねん」
「顔に書いてあるわ」
「別にそんなんちゃうって」
「誰や?」
「言わへん」
みんなが笑う。
「よしおもようやく結婚するんか?」
「まあ……できたらええけどな」
「ほな、俺らが応援したるわ」
俺は少し嬉しかった。
「ありがとう」
すると、年上の友人が言った。
「まあ、もしその女がアカンかったら、俺が別の女紹介したるわ」
「ほんま?」
「おう。若い子も知り合いにおるで」
「ほんまかいな」
「俺を誰やと思ってんねん」
みんなが笑う。
俺も笑った。
そのとき、別の友人が俺の肩を叩いた。
「よしお、お前は心配せんでええ」
「なんで?」
「俺らがおるからや」
その言葉が妙に嬉しかった。
俺には仲間がいる。
そう思った。
◇
それからだった。
友人たちは、俺に何度も同じことを言うようになった。
「女の子紹介したる」
「今度、ええ子連れてくるわ」
「よしおなら絶対結婚できるって」
「俺らが面倒見たる」
俺は、その言葉を信じた。
だから誘われても断れなかった。
「今日、勉強あるんやけど」
「一日くらいええやろ」
「明日仕事やから」
「すぐ帰ればええやん」
「金、あんまりないから」
「今日はよしおが出してくれや」
「……分かった」
気がつけば、俺はいつも同じ場所にいた。
居酒屋。
雀荘。
パチンコ店。
そして、友人たちの車の中。
その一方で、机の上の参考書は少しも進まない。
◇
ある夜。
俺は友人に誘われ、飲みに行った。
会計のとき、財布の中身が足りなかった。
「よしお、頼むわ」
「いや、今日はほんまに金ないねん」
「カードあるやろ?」
「……あるけど」
「じゃあええやん」
俺はカードを出した。
「来月返すから」
「絶対やぞ」
「分かってるって」
店を出る。
友人が笑いながら言った。
「やっぱりよしおは頼りになるわ」
俺は笑った。
でも、帰りの車の中で財布を見た。
残高がほとんどない。
カードの支払いもある。
借金もある。
それでも俺は自分に言い聞かせた。
――今度こそ、ちゃんと返そう。
――今度こそ、資格の勉強をしよう。
――今度こそ、結婚のことも考えよう。
いつもそうだった。
「今度こそ」と思う。
そして、そのたびに何かを後回しにする。
◇
その頃、つばさは自分の人生を着実に進めていた。
仕事をして。
貯金をして。
勉強をして。
体を鍛えて。
将来を考えている。
俺はそんな彼女を見て、
「ええ子やな」
と思った。
そして、こう考えた。
――俺には、つばさちゃんみたいな女性が必要なんや。
自分に足りないものを、彼女が補ってくれればいい。
俺は、そんなふうに考えていた。
それが間違いだったと知るのは、
もう少し先のことだった。
そして、その頃の俺はまだ知らなかった。
俺が「仲間」だと思っていた人たちが、
俺の人生から少しずつ、
時間と金を奪っていたことを。




