あの頃の俺たちも、こうだった
ガルド視点。帰路の野営にて。
焚き火が爆ぜた。
火の粉が夜空に舞い上がり、灰色の闇に散って消える。ストーンクロスへの帰路、旧世界の鉄道駅の残骸を風よけにした野営地。崩れたプラットフォームの上に火を焚き、四人が散らばって座っている。
ガルドは火から少し離れた場所に腰を下ろし、遺灰酒の瓶を傾けた。
ラストヘイム産の赤葉を漬け込んだ安酒。喉を焼くような辛さの中に、かすかな甘みがある。テオもこの酒を好んでいた。「安くて強い。灰域の酒はこうでなきゃな」と笑いながら飲んでいた。
焚き火の向こうで、カイとリオンが話している。
口論ではなかった。声が低い。普通の会話。ガルドは酒瓶越しに二人を見た。
「灰域の苋は甘みが少ないが、焼くと香りが出る」
「セルヴィスでは苋を蒸して潰す。バターを加えるが、味は大したことがない」
「バターって何だ」
「……乳脂を固めたものだ。知らないのか」
「灰域に乳牛はいない」
「そうか。それは、残念だな」
何でもない会話だった。苋の食べ方。管区の食事。星の見え方の違い。灰域では星が近い、とカイが言った。管区では街の灯りで星が見えにくい、とリオンが返した。
二人の声のトーンが穏やかだった。ひと月前には考えられなかった光景だ。リオンが合流した直後は、会話のたびに空気が張り詰めた。カイは管区への怒りをリオンにぶつけ、リオンはセルヴィスの論理で返した。噛み合わない歯車のように、ぶつかるたびに火花が散った。
今は違う。
同じ焚き火の前で、同じ方向を向いて座っている。言葉の間に沈黙があっても、それが気まずくない。
ガルドは酒を一口含んだ。喉が熱くなる。
30年前を思い出した。
テオと二人で灰域を旅した日々。あの頃のテオも無口で不器用だった。グランヴェルトを出たばかりの元傭兵は、人と話すことに慣れていなかった。夜の焚き火で、テオは黙って火を見つめていることが多かった。ガルドが一方的に喝り、テオが短く応じる。その繰り返し。
だが旅を続けるうちに、テオは変わった。人の話を聞くようになった。集落で出会った人間の名前を覚えるようになった。守りたいものが増えた。そして、カイが生まれた。
カイはテオに似ている。
顔立ちだけではない。黙って何かを見定める目。言葉より先に体が動く癖。不器用に優しいところ。だが同時に、テオとは違う部分もある。テオは孤独に耐えられる男だった。一人で決め、一人で動き、一人で消えた。カイは違う。一人では動けない。周りの人間に引きずられ、巻き込まれ、それでも立ち続ける。それはテオにはなかった強さだ。
トワが近づいてきた。焚き火の反対側から回り込んで、ガルドの隣に座る。
「何見てる」
「別に」
ガルドは酒瓶を差し出した。トワは受け取り、一口飲んで顔をしかめた。
「辛い」
「ラストヘイムの酒だ。舌が焼けるのが売りだ」
「売りにならない」
トワが酒瓶を返す。ガルドはもう一口飲んだ。
焚き火の向こうで、カイが何か言った。リオンが首を振り、言い返す。声は聞こえないが、険悪な空気ではない。
「あの二人、最初の頃とは別の人間みたいだな」
トワが呟いた。ガルドは頷いた。
「あの頃の俺たちも、こうだった」
声に出すつもりはなかった。酒のせいだろう。言葉が口から滑り出た。
トワが横を向いた。
「今は違うのか」
ガルドは少し考えた。焚き火の灯りがトワの顔を照らしている。29歳の傭兵の目は、年齢以上に多くのものを見てきた目だった。
「今は、見守る側だ」
トワは何も言わなかった。酒瓶をもう一度受け取り、今度は顔をしかめずに飲んだ。
焚き火の炎が小さくなりかけていた。カイが薪を足す。火が勢いを取り戻し、二人の横顔を橙色に照らした。リオンが何か言い、カイが笑った。短く、不器用な笑い。リオンも、わずかに口元を緩めた。
ガルドは酒瓶越しに、その光景を見ていた。
喉の奥に、酒とは違う熱いものが込み上げた。
テオ。お前の息子は大丈夫だ。
たぶん。
灰色の空に星が瞬いている。灰域の星は、管区よりも近い。テオもそう言っていた。「この空だけは、灰域のほうがいい」と。
ガルドは空の酒瓶を横に置き、火の番を引き受けた。若い二人はまだ話している。夜はまだ長い。




