火の前にあるもの
二つ目のトラックを再生すると、テオの声が再び狭い部屋に満ちた。
「これは、鋼城の設計データの補足記録だ。データだけじゃ分からない部分を、声で残しておく」
テオの声は最初のトラックより落ち着いていた。急がず、考えながら話している。録音の日付は最初のトラックより数日後だった。
「鋼城の本当の秘密は武装じゃない。動力源だ」
カイは息を止め、リオンは壁から背を離して再生装置に一歩近づいた。
「鋼城の主機関には、旧世界の技術が使われている。イグニス・コンバーターと呼ばれるものだ。設計書にはその名前しか書かれていない。原理の説明はない。グランヴェルトの技術者でさえ、あれが何なのか完全には理解していない」
テオの声が一瞬途切れ、深く息を吸う音が入った。
「俺は鋳脈で鋼城の試験機に接続された。短時間だったが、あの動力源の近くにいた時、体の中で何かが変わった。冴覚が深くなった。いつもと違う深さで、世界が見えた。あれは普通のエンジンじゃない」
テオの声がゆっくりと続く。
「イグニスは火ではない。火の前にあるもの。人の意志が、世界に触れる接点。俺たちはそれを兵器にした。だが本当は――」
ノイズが走った。テオの声が途切れ、数秒の空白を挟んで録音が終わる。
沈黙のなか、カイは再生装置を見つめた。画面の緑の文字が録音終了を示している。
「……途切れている」
「ああ。録音がここで止まっている。バッテリーが切れたのか、テオが自分で止めたのか。俺にも分からん」
ガルドの声は低かった。カイが見やると、技匠の表情は凍りついている。「イグニス」という単語を聞いた瞬間から顔色が変わっていた。唇を薄く引き結び、目の奥に何かを押し込めるような力が入っている。
「ガルド。イグニスって何だ」
「……俺にも分からない」
ガルドは視線を逸らさなかったが、慎重に、何かを避けるように言葉を選んだ。
「テオが知っていたこと以上のことは、俺には言えない。旧世界の技術だ。鋼城の動力源に使われている。原理は誰も完全には理解していない。それが俺の知っている全てだ」
リオンが口を開いた。
「『火の前にあるもの』。抽象的な表現だな。テオ・セヴァルは科学者ではない。だが、何かを直感的に理解していた」
「テオは鋳脈であの動力源に近づいた。接続された人間にしか分からない何かがあったんだろう」
ガルドの声にかすかな苦味が混じる。テオに鋳脈を施し、あの動力源の近くに送り込んだのはガルド自身だった。
カイはもう一度、テオの言葉を頭のなかで繰り返した。
イグニスは火ではない。火の前にあるもの。
意味は分からない。だがテオの声には確信があった。理屈ではなく、体で知った人間の確信だ。鋳脈で接続され、己の神経を代償にして触れた何か。
「設計データの方はどうだ」
リオンが記録媒体を手に取り、旧式の端末に差し込むとファイルの一覧が表示された。
「鋼城の装甲配置図の一部。動力系統の接続図面。それと――鋳脈接続ポイントの配置データ」
リオンの声が硬くなる。
「24箇所の接続ポイントが記載されている。人間を接続するための端子が、機体の各所に配置されている。腕部に4、脚部に4、胴体に8、頭部に2、遊肢制御に6」
24人。鋼城1機を動かすためには24人の鋳脈者が必要だとテオは言っていたが、この図面がその証拠だった。
「人間を部品として組み込む設計だ」
リオンの声は静かだったが怒りが滲んでいた。セルヴィスの操手として鋳脈の存在を知るリオンでさえ、この規模の「消耗」は想定外だったのだろう。
カイは全てを聞き終え、静かに拳を握った。テオの声が耳に残っている。冴覚を持つカイのような子供たちが部品にされないよう、父はこのデータを守るために消えたのだ。
「鋼城を止める」
カイの声は震えていなかった。怒りでも悲しみでもない、もっと奥にあるもの。父が守ろうとしたものを自分が引き継ぐ。ただそれだけのことだった。
「それが親父のやりたかったことなら、俺がやる」
ガルドは黙ってカイを見た。その目は遠く、かつてテオが同じ言葉を口にした日を見つめている。あの時もテオは同じ顔をしていた。覚悟を決めた若い男の顔。そしてテオはその覚悟の先で消えた。
ガルドは煙草を咥えようとしてやめた。狭い空間で火は使えないため、代わりに空のパイプを口元に当てる。
「……似てるな。声まで似てきやがった」
カイはその呟きを聞かなかったことにした。




