表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: ret_riever
鉄錆の邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

砲声の余波

砲声が集落を揺らした朝。ラストヘイムの日常が終わる。

最初の着弾は、夜明け前だった。

 集落の外壁を流れ弾が直撃した。廃材で組まれた壁が粉砕され、瓦礫の粉塵が空気を白く染めた。爆風が集落の中を突き抜け、住居の窓が一斉に吹き飛んだ。

 子供の泣き声が響いた。


 カイは住居を飛び出した。

 粉塵で何も見えない。口と鼻を布で覆い、ゴーグルを下ろした。足元が不安定だ。瓦礫を踏むたびにバランスを崩しかける。

 2発目が来た。今度は集落の南端、外壁の外側に着弾した。衝撃波が地面を揺らし、カイは壁に手をついた。耳が鳴っている。

「避難を始めろ!」

 ゲオルグの声が聞こえた。粉塵の向こうで、白髪の大男が腕を振っている。

「子供と老人を排水路に! マーサ、子供たちを連れて先に行け!」

 マーサが杖をつきながら、子供たちの手を引いていた。7人の子供が泣きながら走る。リックがその最後尾にいて、年下の子供の背中を押していた。


 ロイドが住民の間を走り回っている。

「水は一人2リットル。食料は3日分。子供と老人を優先。動ける者は荷を持て」

 声は冷静だった。帳簿の数字を読み上げるのと同じ声だ。だがその声が、パニックに陥りかけた住民を動かしていた。

 クレアが負傷者の手当てに走った。外壁の崩壊で破片を浴びた住民が3人。頭から血を流している男を、クレアが地面に座らせ、止血帯を巻いている。

「動くな。傷は浅い。止まるまで押さえてろ」

 クレアの手つきは速く、正確だった。丸眼鏡が粉塵で曇っている。袖で拭い、次の負傷者に向かった。


 タリアが通信小屋から叫んだ。

「交戦は南南東、距離10キロ以下! 二つの部隊がこっちに向かって移動してる! 片方が逃げてて、もう片方が追ってる!」

 ガルドがカイの傍に来た。赤葉(レッドリーフ)の煙草は咥えていない。代わりに工具ベルトを締め、残殻(ざんかく)の格納場所に向かっていた。

「来るぞ。残殻(ざんかく)を起こせ」



 * * *



 カイは残殻(ざんかく)のコックピットに座った。

 動力炉の起動スイッチを入れる。エンジンが唸り始め、振動がシートを通じて体に伝わった。機関温度計が青から緑に変わるまで、3分。その3分が途方もなく長い。

 砲声が断続的に続いている。一発ごとに、空気が振動する。鉄と硝煙の匂いが風に乗って集落に流れ込んでくる。

 操縦桿を握った。両手で。力を抜け。ガルドの声が頭の中で反響する。

 燃料残量76%。弾薬は旧式の実体弾が42発。左腕の関節が少し渋い。右脚の軸受けは先日削り直したばかりだ。胴体装甲は3枚のうち1枚が欠けている。

 これが、自分の全てだ。


 機関温度が緑に達した。

 カイは残殻(ざんかく)を立ち上げた。8メートルの鉄の塊が、ゆっくりと直立する。関節が軋む。駆動系が悲鳴のような音を上げた。だが動く。

 集落の外縁に向かって歩を進めた。一歩踏み出すたびに、地面が揺れる。



 * * *



 外壁の向こうは、戦場だった。

 砂塵と閃光の中で、鉄殻(てっかく)の影が交差していた。

 2機。いや、3機。砂塵が濃くて全容は見えないが、断続的に光が走り、金属が打ち合う音が響いている。セルヴィスの汎殻(はんかく)とクレスタの傭兵機。カイが見たことのない機体だ。残殻(ざんかく)とは比べものにならない。装甲の厚み、関節の滑らかさ、動きの速度。全てが別次元だった。

 だが彼らはラストヘイムなど眼中にない。

 集落の外縁をかすめるように交戦し、追撃する側が追われる側を北に押しやっている。流れ弾が集落に飛ぶのは、そのついでだ。灰域(アッシュランド)の小集落など、彼らにとっては地形の一部でしかない。


 3発目の流れ弾が集落の住居を直撃した。

 木と廃材で組まれた建物が、一瞬で崩壊する。粉塵が噴き上がり、悲鳴が聞こえた。

「カイ!」

 ガルドの声が通信機から飛んできた。

「出るな。お前の残殻(ざんかく)であいつらに突っ込むのは自殺行為だ。住民の避難が先だ」

 カイは操縦桿を握り締めたまま、動けなかった。目の前で鉄殻(てっかく)が暴れ、集落が壊されていく。だがガルドの言葉は正しい。残殻(ざんかく)であの戦闘に飛び込めば、一瞬で潰される。

 歯を食いしばった。

「避難の護衛に回る。南側の外壁に立つ」

「それでいい」


 残殻(ざんかく)を南側の外壁の前に立たせた。崩れた壁の隙間から、戦闘が遠ざかっていくのが見える。追撃戦は北に流れていった。砲声が徐々に小さくなる。

 だが被害は残った。



 * * *



 砲声が完全に聞こえなくなったのは、正午を過ぎた頃だった。

 カイは残殻(ざんかく)を停止させ、コックピットから降りた。機関温度計が黄域の手前まで上がっていた。長時間の待機で冷却が追いつかなくなっている。

 集落に戻ると、被害の全容が見えた。


 外壁が2箇所で崩壊。住居が3棟損壊。うち1棟は全壊。負傷者は7人。重傷者はいない。死者はいない。

 運が良かった。流れ弾が直撃していれば、こんなものでは済まなかった。


 カイは瓦礫の中を歩いた。崩れた壁、割れた窓、砂に埋もれた日用品。鍋、布切れ、子供の靴。ここに暮らしがあったことが、瓦礫に刻まれている。

 タリアが通信小屋の前で座り込んでいた。通信機を抱えている。通信小屋の屋根が半分吹き飛んでいた。

「通信機は無事?」

「無事。あたしが抱えて逃げた」

 タリアの声は平静だったが、手が震えていた。カイは何も言わず、タリアの隣に座った。


 ゲオルグが排水路から子供たちを連れ戻してきた。子供たちの顔は泥だらけで、目が赤い。リックがカイを見つけて駆け寄った。

「カイ兄、大丈夫だった?」

「ああ」

残殻(ざんかく)、動かしたんだ。すごいな」

 リックの声は震えていたが、笑おうとしていた。15歳の少年が、恐怖を笑顔で覆い隠そうとしている。カイはリックの頭に手を置いた。何も言わなかった。



 * * *



 巡回の最後、集落の南端。

 カイは瓦礫の中を歩いていた。被害状況の確認だ。崩れた外壁の向こうに、何かが埋もれている。

 砂と瓦礫を踏み越えた。

 鉄殻(てっかく)があった。

 半ば砂に埋もれた状態で、集落の外壁から50メートルほどの位置に横たわっている。戦闘で損傷し、ここまで流されたか、不時着したかだ。

 カイは足を止めた。

 その鉄殻(てっかく)は、カイが見たことのないものだった。

 汎殻(はんかく)ではない。残殻(ざんかく)でもない。装甲の表面が滑らかで、流線型のフォルムが砂塵の中でも光を返している。関節部の処理が精密で、残殻(ざんかく)の荒削りな溶接痕とは比較にならない。設計思想が違う。部品の寄せ集めではなく、最初から一つの完成品として造られた鉄殻(てっかく)だ。

 銘殻(めいかく)

 特定の操手(そうしゅ)のために設計された一品物の高性能機。灰域(アッシュランド)では伝説のような存在だ。ガルドの話で聞いたことがあるだけで、実物を見るのは初めてだった。

 損傷は激しい。左肩の装甲板がひしゃげ、右脚の関節が半ば破壊されている。コックピット周辺に亀裂が走っている。だがフレームの骨格は生きている。技匠(ぎしょう)の目で見れば分かる。この機体は、直せる。


 カイの心臓が、静かに速くなった。

銘殻(めいかく)――特定の操手(そうしゅ)のために設計・調整された一品物の高性能鉄殻。量産される汎殻(はんかく)とは異なり、操手の体格・操縦癖・戦闘スタイルに合わせて一機ずつ手作業で仕上げられる。整備には専属の技匠(ぎしょう)が必要。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ